れと共に行方不明となりたるわが大潜水艦隊の消息を直《すぐ》に探査し、報告すべし”
 マイカ大要塞は、一躍、作戦本部となった。司令官ラック大将は、この無上の栄誉に感謝して、直ちに司令部塔に入った。
 このマイカ大要塞というのは、キンギン国の国民の、全く知らない秘密要塞であった。それは、太青洋第一の都市といわれるプラチナ市の、そのすぐ真下にある地下要塞であった。
 マイカ大要塞に通ずる出入口は、たいへん遠いところにあった。それは、地上でいうと、プラチナ市の西方、三十五キロのサン市という小都会の地下鉄乗降場と、そしてサンサン百貨店とに、出入口があった。もう一つの出入口は、海に向って開いていた。もちろん、太青洋岸にあったけれど、そこはマイカ大要塞を離れること、北方四、五十キロばかりいったところにあった。
 この陸門と海門とは、いずれも十数条の大地下道により大要塞に連絡せられてあった。そして、要塞の出入口が、このように、遠くに置かれてあるのは、マイカ要塞の位置を、極力秘密に保っておく必要のためであったことはいうまでもあるまい。
 プラチナ市の市民も、サン市民も、ともにこのような一大要塞が、近くに設けられていることは全く知らなかった。また、要塞に働いている兵士たちの多くも、マイカ大要塞の正しい位置を知らなかった。
 要するに、このマイカ大要塞こそは、かねがね太青洋方面から侵入してくる虞《おそれ》のある敵国に対し、難攻不落の前衛根拠地として、建造されていたものであった。そこには、キンギン国の巨大なる財力をもって金にあかして作ったかずかずの兵器が、かくされてあった。
 ラック大将は、地下要塞の司令塔の中に入って、早速《さっそく》手配をして失踪《しっそう》を伝えられる渡洋潜水艦隊の捜査を開始した。
 ところが、待てども、なんらの有力な報告は入ってこなかった。
「どうしたのか。もうたっぷり二時間になるのに、わが捜査隊は、一体なにをしているのか」
 大将は、栄誉ある位置におかれた最初の手柄をたてようとして、たいへん焦《あせ》りぬいていたが、なかなか思わしい報告が入って来ない。
 そのうちに、三時間は経過し、やがて四時間が空費されようとしたときにとつぜん一隻の潜水艦が、マイカ大要塞の海門をまもる海中|哨戒線《しょうかいせん》にひっかかったというので、大さわぎとはなった。


   怪艦の正体

 怪潜水艦?
 その潜水艦は、艦体が、壊れかかったセルロイドの玩具のように、凹凸《おうとつ》になっていた。潜望鏡の管《くだ》も、マストも、折れ曲ったまま、ぶらぶらしていた。しかし艦体は、ピカピカに光っていた。
 海中哨戒線は、陸にあるトーチカを、点々と海底にしずめたような恰好のものであったが、或る特殊な不可視光線によって、そこを通過する潜水艦などを捕えるような仕掛けになっていた。
「怪潜水艦が、通過中!」
 という警報で、海底トーチカの兵員は、それというので、部署についた。
 暗視テレビジョンが、直《すぐ》に活動をはじめた。そして前にのべたような艦の様子が、始めてわかったのである。
 停船命令が、怪艦に向って、無電と水中超音波とで送られた。だが、怪艦からは、応答がなかった。
 そこで改めて、強い探照灯の光が、怪艦に向って浴びせかけられたが、これでもまだ、怪艦は、停止しなかった。
「どうしましょうか。魚雷を一発、叩きつけてやりましょうか」
 当直の水雷将校はいった。
「まあ、待て待て。もうすこし様子を見ていろ」
 と、哨戒司令は、自重する。
「ですけれど、司令、怪潜水艦は、もう間もなく、海底|突堤《とってい》の傍に達しますよ」
 その怪艦は、まるで大病人のように、ぐわーっと進むかと思えば、また急にスピードをおとして、艦体をぐらぐらと揺るがせた。停るのかと見ていると、これがまた、俄《にわか》にスピードをあげて、妙な曲線を描いた航跡をのこして前進するのであった。
「はてな。あの怪潜水艦は、なにを考えているのであろうか」
「いや、考えているのじゃない。あの怪潜水艦は、居睡《いねむ》りをしているんだ」
 居睡りをしている?
 そうかもしれない。そのうち、怪艦は、また猛烈な勢いで、水中を航進していったが、あわやと思ううちに、艦首を、はげしく、海底突堤にぶっつけてしまった。
「あっ、無茶なことをやる!」
「まるで、自殺をはかったような恰好だ!」
 叩きつけられた艦首は大きく凹《へこ》んでしまった。そして、その間から、大きな泡《あわ》が、ぶくぶくとふきだした。
「あっ、怪艦は、損傷したぞ」
「早く、傍へいってみろ」
 怪艦は、こっちへ向って、戦闘する意志がないことが、ようやく確《たしか》となったので、哨戒線の兵員は、潜水服に身を固め、突堤にのりあげている怪艦に近づいた。
 彼等は、間もなく、艦首のところに、大きな穴が明いているのを発見した。
 指揮をとっている士官が、兵員に命じて携帯用の探照灯を掲げて、大穴の中を照させた。そして自分は、怪潜水艦の内部を、のぞきこんだ。
「あっ、これは……」
 驚きのこえが、士官の唇から、とびだした。
「どうしましたッ」
「冗談じゃない。これは、わが軍の潜水艦だ」
「えっ、それは、たいへん」
 隊員は、急ぎ中へ入ってみたが、たしかに自国の潜水艦だった。しかもアカグマ国へ進発した大艦隊の中の一隻だった。中を調べてみると、乗組員は、全部死んでいた。一体、どうしたというのであろう。
 艦長の手記が発見されて、この怪艦の行動が、はじめて明瞭《めいりょう》となった。
“わが艦隊は魔の海溝に於《おい》て突然敵の爆薬床に突入し、全滅せるものの如し、わが艦はひとり、可撓性《かとうせい》の合金鋼材にて艦体を製作しありしを以《もっ》て、比較的外傷を蒙《こうむ》ること少かりしも、爆発床へ突入と共に、大震動のため乗組員の半数を喪《うしな》い、あらゆる通信機は、能力を失いたり、仍《よ》りてわれは、僅《わずか》に残れる廻転式磁石を頼りとして、盲目状態に於て、帰港を決意せるも、何時《いつ》如何《いか》なる事態に遭遇するやも量《はか》られざる次第なり”
 勇敢なるこの潜水艦長の、死の帰還がなければ、キンギン国渡洋進攻艦隊の運命についてはついに知られる日がなかったであろう。
 それにしても、かの恐るべき爆薬床とは、どんなものであろう。また、何者が、そのような仕掛を作って置いたのであろうか。太青洋の海上海中海底について、あらゆることを調べつくしているはずのキンギン国の海軍にとって、これはまた、意外にも意外なる敵の作戦施設であった。


   陰謀《いんぼう》

 アカグマ国イネ州の大総督スターベアは、非常に昂奮していた。彼は、動物園のライオンのように、部屋の中を、あっちへいったり、こっちへきたり、いらいらと歩きまわっている。
「ああ、わからん。どうもわからん」
 部屋の一隅《いちぐう》には、秘密警察隊の司令官ハヤブサが、身の置きどころもないような極《きま》り悪そうな顔で、頭を下げていた。
「ああ、わからん、どうもわからん」
 スターベア大総督のこえは、だんだん大きくなっていった。
「わが、第一岬要塞は、依然として、敵に占領されている。しかるに敵キンギン国の参謀首脳部は悉《ことごと》く何者かのために、殺されてしまったというし、またわが国を目標に、渡洋進攻してきた敵の大潜水艦隊は、太青洋の中で、とつぜん消えてしまったという。わしは、そのような敵の潜水艦隊を爆破しろという命令を出したこともないし、またキンギン国の参謀首脳部を全滅させろ、と命令したこともないのだ。一体、何者が、そのような命令を下し、そしてまた、何者が、そのような素晴らしい戦果をあげたのであろうか。ああ、わしは、じっとしていられない気持だ。――こら、ハヤブサ」
「は、はい」
「お前は、なぜ、その不可解な謎を、解こうとはしないのか。永年わしがお前に対して信頼していたことは、ここへ来て根柢から崩れてしまったぞ。お前こそ、ぼんくら中の大ぼんくらだ」
「は、はい」
 秘密警察隊の司令官ハヤブサは、ますます顔面を蒼白にして、おそれ入るばかりであった。
 スターベア大総督がいらいらしているそのわけは、キンギン国との戦闘において、彼が命じもしない素晴らしい戦果があげられていることであった。敵の参謀首脳部は全滅し、それから最近では、こっちへ攻めのぼってきた敵の大潜水艦隊がこれまた全滅してしまった。ところが、彼は、この二つのことを、一決して命令したわけではなかったし、また事実、そのようなところへ兵力や兵器を出した覚えもなかったのである。只《ただ》、ふしぎという外ない。
 その一方、彼が自ら命令した戦闘では、いつもこっちが敗戦している。第一岬要塞を攻められたままだ。わが突撃隊がいくど突貫をやっても、また物凄い砲火を敵に浴びせかけても、第一岬要塞は、ついに奪還することができない状態にある。要塞のうえには、今もなお敵の決死隊のしるしらしい骸骨の旗が、へんぽんとして飜《ひるがえ》っているのであった。命令しない戦闘に大勝利を博し、命令した戦闘に敗北を喫《きっ》している。こんなふしぎなそして皮肉きわまる出来事があっていいだろうか。彼の信頼するハヤブサも、ついにこの謎を解く力がなく、今、彼の前にうなだれているのであった。
 大総督は、部屋の中を歩きくたびれたものと見え、ふかぶかした自分の椅子に、身体をなげかけるように、腰を下ろした。
「おい、ハヤブサ。このことについて、お前に、なにか思いあたることはないか」
「思いあたることと申しますと……」
「ええい、鈍感な奴じゃ」とスターベアは、太い髭《ひげ》をふるわせ、
「つまり、誰か、このわしを蹴落《けおと》そうという不逞《ふてい》の部下が居て、わしに相談もしないで敵を攻めているのではなかろうか。そいつは、恐るべき梟雄《きょうゆう》である!」
「さあ……」
 と、ハヤブサ司令官は、小首をかしげた。


   苦しき報告

「さあとは、何じゃ。即座に返答ができないとは、お前の職分に恥じよ」
 大総督は、ハヤブサを面罵《めんば》した。
「まことに重々恐れ入りますが、これ以上、私は、何も申上げられません。私は、免官にしていただきたいと思います」
「いや、それは許さん。お前は、あくまでこの問題を解決せよ。解決しない限り、お前はどこまでも、わしがこき使うぞ」
「困りましたな」
 と、ハヤブサ司令官は、当惑の色をうかべたが、やがて、思い切ったという風に、
「では、やむを得ません。思い切りまして、一つだけ、申上げたいことがあります。しかし、大総督閣下は、とても私の言葉を、お信じにならないと思います」
「なんじゃ。いいたいことがあるというか。それみろ、お前は知っているのじゃ。知っていながらわしにいわないのじゃ。なんでもいい、わしはお前を信ずる。早くそれをいってみよ」
 大総督は、ハヤブサを促した。しかし彼は、なおも暫時《ざんじ》、沈思しているようであったが、ついに決心の色をうかべ、
「では、申上げます。これから私の申しますことは、とても御信用にならないと思いますが、申上げねばなりません。じつは、トマト姫さまのことでございますが……」
「何、トマト姫。姫がどうしたというのじゃ」
 トマト姫は、今年九歳になる。スターベア大総督の一人娘で、大総督は、トマト姫を目の中に入れても痛くないほど、可愛《かわい》がっていられる。そのトマト姫のことが、とつぜん秘密警察隊の司令官ハヤブサの口から出てきたので、大総督の愕《おどろ》きは大きかった。
「姫が、どうしたというのじゃ。早く、それをいえ!」
「は、はい」
 ハヤブサ司令官は、自分の頭を左右にふりながら、
「どうも、申上げにくいことでございますが、トマト姫さまこそ、まことに奇々怪々なる御力を持たれたお姫さまのように、存じ上げます。はい」
「なんじゃ、奇々怪々? あっはっはっはっ」
 大総督は、からからと笑いだした。
「冗談にも程がある。わしの娘をとらえて、奇々怪々とは、なにごと
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