体
怪潜水艦?
その潜水艦は、艦体が、壊れかかったセルロイドの玩具のように、凹凸《おうとつ》になっていた。潜望鏡の管《くだ》も、マストも、折れ曲ったまま、ぶらぶらしていた。しかし艦体は、ピカピカに光っていた。
海中哨戒線は、陸にあるトーチカを、点々と海底にしずめたような恰好のものであったが、或る特殊な不可視光線によって、そこを通過する潜水艦などを捕えるような仕掛けになっていた。
「怪潜水艦が、通過中!」
という警報で、海底トーチカの兵員は、それというので、部署についた。
暗視テレビジョンが、直《すぐ》に活動をはじめた。そして前にのべたような艦の様子が、始めてわかったのである。
停船命令が、怪艦に向って、無電と水中超音波とで送られた。だが、怪艦からは、応答がなかった。
そこで改めて、強い探照灯の光が、怪艦に向って浴びせかけられたが、これでもまだ、怪艦は、停止しなかった。
「どうしましょうか。魚雷を一発、叩きつけてやりましょうか」
当直の水雷将校はいった。
「まあ、待て待て。もうすこし様子を見ていろ」
と、哨戒司令は、自重する。
「ですけれど、司令、怪潜水艦は、もう間もなく、海底|突堤《とってい》の傍に達しますよ」
その怪艦は、まるで大病人のように、ぐわーっと進むかと思えば、また急にスピードをおとして、艦体をぐらぐらと揺るがせた。停るのかと見ていると、これがまた、俄《にわか》にスピードをあげて、妙な曲線を描いた航跡をのこして前進するのであった。
「はてな。あの怪潜水艦は、なにを考えているのであろうか」
「いや、考えているのじゃない。あの怪潜水艦は、居睡《いねむ》りをしているんだ」
居睡りをしている?
そうかもしれない。そのうち、怪艦は、また猛烈な勢いで、水中を航進していったが、あわやと思ううちに、艦首を、はげしく、海底突堤にぶっつけてしまった。
「あっ、無茶なことをやる!」
「まるで、自殺をはかったような恰好だ!」
叩きつけられた艦首は大きく凹《へこ》んでしまった。そして、その間から、大きな泡《あわ》が、ぶくぶくとふきだした。
「あっ、怪艦は、損傷したぞ」
「早く、傍へいってみろ」
怪艦は、こっちへ向って、戦闘する意志がないことが、ようやく確《たしか》となったので、哨戒線の兵員は、潜水服に身を固め、突堤にのりあげている怪艦に近づいた。
彼等は、間もなく、艦首のところに、大きな穴が明いているのを発見した。
指揮をとっている士官が、兵員に命じて携帯用の探照灯を掲げて、大穴の中を照させた。そして自分は、怪潜水艦の内部を、のぞきこんだ。
「あっ、これは……」
驚きのこえが、士官の唇から、とびだした。
「どうしましたッ」
「冗談じゃない。これは、わが軍の潜水艦だ」
「えっ、それは、たいへん」
隊員は、急ぎ中へ入ってみたが、たしかに自国の潜水艦だった。しかもアカグマ国へ進発した大艦隊の中の一隻だった。中を調べてみると、乗組員は、全部死んでいた。一体、どうしたというのであろう。
艦長の手記が発見されて、この怪艦の行動が、はじめて明瞭《めいりょう》となった。
“わが艦隊は魔の海溝に於《おい》て突然敵の爆薬床に突入し、全滅せるものの如し、わが艦はひとり、可撓性《かとうせい》の合金鋼材にて艦体を製作しありしを以《もっ》て、比較的外傷を蒙《こうむ》ること少かりしも、爆発床へ突入と共に、大震動のため乗組員の半数を喪《うしな》い、あらゆる通信機は、能力を失いたり、仍《よ》りてわれは、僅《わずか》に残れる廻転式磁石を頼りとして、盲目状態に於て、帰港を決意せるも、何時《いつ》如何《いか》なる事態に遭遇するやも量《はか》られざる次第なり”
勇敢なるこの潜水艦長の、死の帰還がなければ、キンギン国渡洋進攻艦隊の運命についてはついに知られる日がなかったであろう。
それにしても、かの恐るべき爆薬床とは、どんなものであろう。また、何者が、そのような仕掛を作って置いたのであろうか。太青洋の海上海中海底について、あらゆることを調べつくしているはずのキンギン国の海軍にとって、これはまた、意外にも意外なる敵の作戦施設であった。
陰謀《いんぼう》
アカグマ国イネ州の大総督スターベアは、非常に昂奮していた。彼は、動物園のライオンのように、部屋の中を、あっちへいったり、こっちへきたり、いらいらと歩きまわっている。
「ああ、わからん。どうもわからん」
部屋の一隅《いちぐう》には、秘密警察隊の司令官ハヤブサが、身の置きどころもないような極《きま》り悪そうな顔で、頭を下げていた。
「ああ、わからん、どうもわからん」
スターベア大総督のこえは、だんだん大きくなっていった。
「わが、第一岬要塞は、依然として、敵に占領されている。しかる
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