に敵キンギン国の参謀首脳部は悉《ことごと》く何者かのために、殺されてしまったというし、またわが国を目標に、渡洋進攻してきた敵の大潜水艦隊は、太青洋の中で、とつぜん消えてしまったという。わしは、そのような敵の潜水艦隊を爆破しろという命令を出したこともないし、またキンギン国の参謀首脳部を全滅させろ、と命令したこともないのだ。一体、何者が、そのような命令を下し、そしてまた、何者が、そのような素晴らしい戦果をあげたのであろうか。ああ、わしは、じっとしていられない気持だ。――こら、ハヤブサ」
「は、はい」
「お前は、なぜ、その不可解な謎を、解こうとはしないのか。永年わしがお前に対して信頼していたことは、ここへ来て根柢から崩れてしまったぞ。お前こそ、ぼんくら中の大ぼんくらだ」
「は、はい」
 秘密警察隊の司令官ハヤブサは、ますます顔面を蒼白にして、おそれ入るばかりであった。
 スターベア大総督がいらいらしているそのわけは、キンギン国との戦闘において、彼が命じもしない素晴らしい戦果があげられていることであった。敵の参謀首脳部は全滅し、それから最近では、こっちへ攻めのぼってきた敵の大潜水艦隊がこれまた全滅してしまった。ところが、彼は、この二つのことを、一決して命令したわけではなかったし、また事実、そのようなところへ兵力や兵器を出した覚えもなかったのである。只《ただ》、ふしぎという外ない。
 その一方、彼が自ら命令した戦闘では、いつもこっちが敗戦している。第一岬要塞を攻められたままだ。わが突撃隊がいくど突貫をやっても、また物凄い砲火を敵に浴びせかけても、第一岬要塞は、ついに奪還することができない状態にある。要塞のうえには、今もなお敵の決死隊のしるしらしい骸骨の旗が、へんぽんとして飜《ひるがえ》っているのであった。命令しない戦闘に大勝利を博し、命令した戦闘に敗北を喫《きっ》している。こんなふしぎなそして皮肉きわまる出来事があっていいだろうか。彼の信頼するハヤブサも、ついにこの謎を解く力がなく、今、彼の前にうなだれているのであった。
 大総督は、部屋の中を歩きくたびれたものと見え、ふかぶかした自分の椅子に、身体をなげかけるように、腰を下ろした。
「おい、ハヤブサ。このことについて、お前に、なにか思いあたることはないか」
「思いあたることと申しますと……」
「ええい、鈍感な奴じゃ」とスターベアは、太い髭《ひげ》をふるわせ、
「つまり、誰か、このわしを蹴落《けおと》そうという不逞《ふてい》の部下が居て、わしに相談もしないで敵を攻めているのではなかろうか。そいつは、恐るべき梟雄《きょうゆう》である!」
「さあ……」
 と、ハヤブサ司令官は、小首をかしげた。


   苦しき報告

「さあとは、何じゃ。即座に返答ができないとは、お前の職分に恥じよ」
 大総督は、ハヤブサを面罵《めんば》した。
「まことに重々恐れ入りますが、これ以上、私は、何も申上げられません。私は、免官にしていただきたいと思います」
「いや、それは許さん。お前は、あくまでこの問題を解決せよ。解決しない限り、お前はどこまでも、わしがこき使うぞ」
「困りましたな」
 と、ハヤブサ司令官は、当惑の色をうかべたが、やがて、思い切ったという風に、
「では、やむを得ません。思い切りまして、一つだけ、申上げたいことがあります。しかし、大総督閣下は、とても私の言葉を、お信じにならないと思います」
「なんじゃ。いいたいことがあるというか。それみろ、お前は知っているのじゃ。知っていながらわしにいわないのじゃ。なんでもいい、わしはお前を信ずる。早くそれをいってみよ」
 大総督は、ハヤブサを促した。しかし彼は、なおも暫時《ざんじ》、沈思しているようであったが、ついに決心の色をうかべ、
「では、申上げます。これから私の申しますことは、とても御信用にならないと思いますが、申上げねばなりません。じつは、トマト姫さまのことでございますが……」
「何、トマト姫。姫がどうしたというのじゃ」
 トマト姫は、今年九歳になる。スターベア大総督の一人娘で、大総督は、トマト姫を目の中に入れても痛くないほど、可愛《かわい》がっていられる。そのトマト姫のことが、とつぜん秘密警察隊の司令官ハヤブサの口から出てきたので、大総督の愕《おどろ》きは大きかった。
「姫が、どうしたというのじゃ。早く、それをいえ!」
「は、はい」
 ハヤブサ司令官は、自分の頭を左右にふりながら、
「どうも、申上げにくいことでございますが、トマト姫さまこそ、まことに奇々怪々なる御力を持たれたお姫さまのように、存じ上げます。はい」
「なんじゃ、奇々怪々? あっはっはっはっ」
 大総督は、からからと笑いだした。
「冗談にも程がある。わしの娘をとらえて、奇々怪々とは、なにごと
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