にっこりと微笑するのだった。アカグマ国を海底から攻撃する日は、刻々として近づきつつあるのであった。この潜水艦隊は、ただの潜水艦ではなく、陸岸に行き当ると、するすると岸を匐《は》いのぼって、たちまち重戦車に早変りをするという怪物なのだ。アルゴン大将が、期待をかけるのも、無理はなかった。
「只今、全航程の三分の二を踏破せり。あと二時間にて、暁《あかつき》を迎える筈。艦隊の全将兵の士気|旺盛《おうせい》なり」
 スイギン提督からの報告は、一報ごとに、戦争次官アルゴン大将の顔に、明るい色を増させるばかりだった。
 ところが、その暁の直前において、アルゴン大将は、たいへん気にかかる無電に接した。
「スイギン潜水艦隊最高司令官発。只今、十三時四十五分、わが艦隊は、海面下において、不慮の衝突事件を惹起《じゃっき》せり。若干の爆発音を耳にする。海水は甚だしく混濁し、咫尺《しせき》を弁ぜず。余は直《すぐ》に――」
 電文は、そこで、ぷつりと切れている。通信隊員の懸命の努力にも拘《かかわ》らずスイギン提督からの無電の後半は、ついに、受信することができなかった。
 一体、なにごとが起ったのであろうか。アカグマ国の陸岸まで、あと四分の一航程を残すばかりだというのに!


   全滅艦隊

 イネ州の首都オハン市を撃滅するために、キンギン国を出発した大潜水艦隊であった。その艦隊のうえに、オハン市攻略の大期待がかけられていた。ところが、その大潜水艦隊の進航中とつぜん行手に起った海底の大爆発……。
 海底の砂はまきあげられて、さなきだに小暗《おぐら》い海底は、黒一色と化して、なにものも見えなくなった。その暗黒の中に、キンギン国の誇る大潜水艦隊は、完全に包まれてしまったのである。
 爆発は、引きつづいて起った。
 海上には、夥《おびただ》しい油が浮びあがり、それに交《まじ》って、見るも無惨な人間の手や足などが、ぶかぶかと浮游《ふゆう》している。
 キンギン国の本国では、それに増して、大騒ぎであった。それも道理であった。キンギン国の誇りである快速大潜水艦隊が、イネ州へ遠征の途中、一隻のこらず、急に行方不明となってしまったのであるから……。
 中央からは、マイカ大要塞へ、電話がとんだ。
“わが元首よりの命令である。只今より、マイカ大要塞司令官は、対アカグマ国イネ州への攻撃戦を指揮すべし。尚《なお》、それと共に行方不明となりたるわが大潜水艦隊の消息を直《すぐ》に探査し、報告すべし”
 マイカ大要塞は、一躍、作戦本部となった。司令官ラック大将は、この無上の栄誉に感謝して、直ちに司令部塔に入った。
 このマイカ大要塞というのは、キンギン国の国民の、全く知らない秘密要塞であった。それは、太青洋第一の都市といわれるプラチナ市の、そのすぐ真下にある地下要塞であった。
 マイカ大要塞に通ずる出入口は、たいへん遠いところにあった。それは、地上でいうと、プラチナ市の西方、三十五キロのサン市という小都会の地下鉄乗降場と、そしてサンサン百貨店とに、出入口があった。もう一つの出入口は、海に向って開いていた。もちろん、太青洋岸にあったけれど、そこはマイカ大要塞を離れること、北方四、五十キロばかりいったところにあった。
 この陸門と海門とは、いずれも十数条の大地下道により大要塞に連絡せられてあった。そして、要塞の出入口が、このように、遠くに置かれてあるのは、マイカ要塞の位置を、極力秘密に保っておく必要のためであったことはいうまでもあるまい。
 プラチナ市の市民も、サン市民も、ともにこのような一大要塞が、近くに設けられていることは全く知らなかった。また、要塞に働いている兵士たちの多くも、マイカ大要塞の正しい位置を知らなかった。
 要するに、このマイカ大要塞こそは、かねがね太青洋方面から侵入してくる虞《おそれ》のある敵国に対し、難攻不落の前衛根拠地として、建造されていたものであった。そこには、キンギン国の巨大なる財力をもって金にあかして作ったかずかずの兵器が、かくされてあった。
 ラック大将は、地下要塞の司令塔の中に入って、早速《さっそく》手配をして失踪《しっそう》を伝えられる渡洋潜水艦隊の捜査を開始した。
 ところが、待てども、なんらの有力な報告は入ってこなかった。
「どうしたのか。もうたっぷり二時間になるのに、わが捜査隊は、一体なにをしているのか」
 大将は、栄誉ある位置におかれた最初の手柄をたてようとして、たいへん焦《あせ》りぬいていたが、なかなか思わしい報告が入って来ない。
 そのうちに、三時間は経過し、やがて四時間が空費されようとしたときにとつぜん一隻の潜水艦が、マイカ大要塞の海門をまもる海中|哨戒線《しょうかいせん》にひっかかったというので、大さわぎとはなった。


   怪艦の正
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