んだぞ」
「はあ」
 声の終るか終らないうちに、スターベア大総督の前の、別のスクリーンのうえに、キンギン国大使ゴールド女史の居間がうつりだした。
 女史は、只一人居間にいて、テーブルのうえで、なにか丸いものを、しきりにいじくりまわしている。
「おい、大使は、何をいじくりまわしているんだ」
 と、大総督が、スクリーンの中のハヤブサに訊《き》いた。
「えへへへ。女大使が手に持っていますのは、彼女の例の義眼でございますよ」
「なに、義眼? ああ、そうか。義眼を手に持って何をしているのかね」


   重大報告

 ここは、大洋を距《へだ》てたキンギン民主国であった。
「長官。では、幕僚会議の準備ができましたから、どうぞ」
「おお、そうか」
 戦争長官ラヂウム元帥《げんすい》は、自分の机のうえに足をあげて、動物漫画の本を読んでいたが、ここで、残念そうに、ぱたりと頁《ページ》を閉じた。
「一体、今は、何時かね」
「ちょうど、十三時でございます」
 声はするが、副官の姿は見えない。その声は、机の上においた水仙の花壜《かびん》の中から、聞えてくるのであった。花壜の高声器だ。
 十三時というと、午後一時のことであったが、ラヂウム元帥の自室はさんさんと白光があたって、春のような暖かさであった。
「うむ、あと一時間すると、わしは家内と食事をすることになっているから、それまでに、会議を片づけてしまわないと困るんだ。じゃあ、早く階上へやってくれ」
「はい、では会議のあります第十九階へ、移動いたします」
「うむ、早くやれ!」
 元帥は、椅子にふんぞりかえったまま、副官に対し、早く第十九階の会議室へやれと、いそがした。昔の人が、この会話をきいたら、元帥は気がちがっているのだと思うであろう。椅子に根の生《は》えたように腰を下ろしながら、早くやれといっても、やりようがないではないか。
 いや、そうでもない。やりようはたしかにあるのだった。なぜなればとつぜん元帥の机上にある電気時計のような形をした段数計の指針が、二十四のところから、二十三、二十二と、数のすくない方へうごきだした。
 階数が、だんだん減っていくのだ。ということは、元帥のいる部屋が、まるでエレベーターのように、上へのぼっていくのであった。もちろん、ここは地下建築なのであるから、上へいくほど、階数は減る。として、ついに第十九階へのぼった。
 すると、壁が、どしんと、下に落ちた。向うの部屋が、見とおしになった。
 向うの部屋は、まるで幅の広い階段に、人間の首を植たように、二十近い首が並んで、こっちを向いていた。そして、一せいに、目をぱちぱちとやった。それは、元帥に対する敬礼であったのだ。
「やあ」
 と、元帥は、ゆったりした言葉で、答礼をした。
「では、諸君。会議をはじめる」
 と、元帥は、開会を宣した。階段に生えたたくさんの首と会議をはじめるなんて、変な光景であった。
 そのたくさんの首は、いずれも薄眼《うすめ》をひらいて、元帥の言葉を、しずかに待ちうけているようであった。
 そのとき、突然、また例の副官の声が、聞えた。
「長官に申上げます。只今、第四参謀が盲腸炎で入院し、直ちに開腹手術をいたしますそうです」
「なに、第四参謀が……」
「そうであります。それで、第四参謀は会議を失礼したいと、申して参りましたがどういたしましょう」
「盲腸炎なら、仕方がない。会議から退いてよろしいが、彼に、よくいって置け、盲腸などは、子供のとき取って置くものじゃ。つけて置くから、折角の重要会議に役に立たんじゃないかといっておけ」
「はい。そう申します」
「第四参謀は、下ってよろしい」
 長官ラヂウム元帥が、そういうと、がたんという音がして階段に生えていた首の一つが、その場に前に倒れた。見るとその首は、本物の首ではなく、作り首だった。それは首からうえの作り物であった。そして、一種の電話機であったのだ。
 つまり首のその本人は、元帥の前にいないのである。遠くにいるのだった。ただ、彼を代表する電話機だけが、首の形をして、ラヂウム元帥の前に並んでいたのだ。昔は、会議をするときには、方々から参謀が参集したものである。今は、勝手な場所にいて、ただ、自分が背負っている携帯無電機のスイッチを入れると、今元帥の前の作り首が、むっくり起き上る。これが(はい、電話で、お話を聞いていますよ)という信号なのである。
 ラヂウム元帥は、そういう作り首に向って、会議を宣言したのだ。
「……只今、イネ州駐在のゴールド大使より、非常警報が届いた。アカグマ国の軍隊は、続々集結している。また予備兵たちへは、動員令が発せられたそうである。彼等は、はりきって、すでに発砲している。第一岬附近は、戦場のようだ。国軍はしきりに東方へ向って、移動を開始し、イネ州の東海
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