ついたのか急に口に手をあて、
「いや、恐れ入りました」
「おい、司令官。早く行け」と、大総督はにがり切って怒鳴《どな》った。「お前は、役目柄そんなこと位を知らんでどうするのじゃ。いずれ後でゆっくり叱ってくれるわ」
前衛部隊
第一岬要塞の附近はあやめもわかぬ闇の中に沈んでいた。
だが、大総督から、とつぜんの命令が下ったので、その闇の中にアカグマ国の軍隊が蟻《あり》の大群のように、真黒に集まってきた。いずれも、真黒な合金の鎧《よろい》で身体を包み、頭の上には、擬装のため、枯草や木の枝などをつけ、顔には防毒面をはめ、手には剣と機関銃と擲弾《てきだん》装置のついた奇妙な形の武器を持ち、ものすごい武装ぶりであった。
またこの兵士たちは、戦車を小さくしたような靴を両足に履《は》いていた。これは、背嚢《はいのう》の中にあるガソリンタンクからガソリンを供給され、その戦車型の靴を動かすのであったが、最大時速は八十キロと称せられていた。スピードは、股《また》を開いたり、閉じたりするその加減によってどうでも自由になるのであった。このアカグマ国独特の歩兵部隊は、陸上では、世界において敵なしと誇っているものであった。そういうものすごい兵士たちが、続々と第一岬要塞附近に集まってきたのであった。
「おい、これは演習だろうか、それとも、いよいよ本当の戦闘だろうか」
「さあ、よくはわからないけれど、どうやら、本当の戦闘が始まるらしいぞ。衛生隊では、たくさんのガーゼを消毒薬液の中へ、どんどん放《ほう》りこんでいる」
「じゃあ、いよいよ本当の戦闘だな。しかし相手国は、どこだろうか」
「さあ、それがよく分らないんだ。イネ帝国の暴民たちが、蜂起《ほうき》したのではあるまいか」
「そうじゃあるまい。それにしては、われわれの用意があまりものものしすぎるよ。第一旧イネ帝国の暴民たちが、海上方面から攻めよせることはあるまい」
「さあ、それは保証のかぎりでない。旧イネ国の敗走兵が、南の方の小さい島々へ上陸して、再挙をはかっているという噂を聞いたことがあるぞ」
「それにしてもだ、この第一岬要塞を攻めるには、十万トン以上の主力艦かさもなければ、五百機以上の重編隊の爆撃機隊でなければ、てんで戦争にならないのだからね。旧イネ帝国の敗走兵どもに、そのような尨大《ぼうだい》な軍備が整いそうもないじゃないか」
「じゃあ、一体敵は、どこのどいつだろうかしらん」
「それは、おれの方で、たずねているのじゃないか」
兵士たちは、とりどりの噂をしている。彼等は、まさか大総督が、太青洋を距《へだ》てたキンギン国を疑っているのだとは、想像もしていなかった。事実、今日まで両国の間には、別に問題になるような事件がなかったのである。
カモシカ中尉は、若い将校であった。年齢は、わずか十八であったが、頭脳もよかったし、学科の点も、練兵の成績もよかったので、中尉に任ぜられていた。彼もいま一隊の歩兵を率いて、第一岬要塞の附近に陣取って、見えない敵を睨《にら》んでいた。
「おい、通信兵。まだ本営からの命令は来ないか」
すると、中尉の傍《そば》についていた通信兵が、背中に負うた受信機を、重そうにゆすぶり直して、
「はい、まだ、何にも伝達がありません」と、答えた。
「どうも、遅いなあ。敵が何者であるぐらいのことは、早く示してもらわないと隊を指揮するのに困る」
彼は、口をへの字に結んで、冷いトーチカのうえに、両腕をのせた。
そのとき、どこからか、低い呻《うな》りをきいたように思った。
「隊長。本営からの命令です」
「なにッ、早くいえ!」
そういう間にも、カモシカ中尉は、怪しい呻りが空中にだんだん大きくなるのを聞きのがさなかった。
「本営命令。敵はキンギン国なり。キンギン国の進攻命令をつたうる電波は、空中に次々に放送されつつあり。やがて海上に敵艦隊は姿を現わさん。敵の攻撃は第一岬要塞附近に集中せられ、強行上陸を企《くわだ》つるものと思わる。依《よ》って、わが軍は、全力をあげて守備を固くし、敵を撃退すべし」
通信兵は、耳に入る本営からの命令を復唱した。そして、一方の手をつかって、巧みにそれを録音した。中尉からの命令があり次第、すぐにも全軍に、それを放送する準備のためであった。
「ふーむ、敵はキンギン国か、畜生!」
と、カモシカ中尉は、鎧をぽんぽんと叩いて、怒りのこえをあげた。
「中尉どの。これを全軍に伝えますか」
「うむ。敵はキンギン国なり。わが軍は、全力をあげて、守備を固くし、敵を撃退すべし――というところだけを、放送せい」
「はい」
そういっているうちに、例の怪しい呻りは、急に頭上にさし迫ってきた。
「あの呻りは?」
と、カモシカ中尉が叫んだ。
火の海
とつぜん、眼がくらくら
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