あろうか。
 ゴールド大使は、そこで一段と声をはげまして、
「では、こっちから申上げましょう。アカグマ国は、イネ州を統治すること三十年、千二百キロの暖かい海岸線を得、そしてそれにつづく数百万平方キロの大洋を擁するに至ったと、仰有ったではありませんか。それとも、それを否定なさいますか」
 女史は、語尾をヒステリー患者のそれの如く震《ふる》わせて、大総督につめよった。
 一座は、この予期しなかった抗議の一場面に、急に白け亘《わた》った。
「あっはっはっ」
 大総督は、はじめさっと顔色をあおざめたが、すでに彼の面上には、赤い血がうかんで来た。そして腹を抱えて、哄笑《こうしょう》したのだった。
「あっはっはっ。それはとんでもない誤解です。わが国と貴国とは太青洋を間に挟んだ世界の二大強国である。太青洋は、永遠に両国の緩衝《かんしょう》地帯である。太青洋のあるお蔭で、これら二大強国は、永遠に衝突を回避できるであろう。されば、両国にとって、太青洋の存在こそ、このうえない幸運なる宝物だと、いわなければならない。どうです、大使閣下、おわかりですか。わしが(太青洋を擁し云々《うんぬん》)といったのは、そういう意味だったのです。わしは喋《しゃべ》るのが下手《へた》でしてな、どうか、お笑いください。あっはっはっはっ」


   怪しい花火

 キンギン連邦の女大使ゴールド女史の機嫌は、辛うじて、直ったようであった。
 それから祝宴は、順調に進んだ。
 共産主義から出発したアカグマ国は、途中でいつの間にか、帝国主義に豹変《ひょうへん》し、今では、昔のスローガンとはまるで反対なものを掲げ、ことにイネ州においては、行政官は極度の資本主義的趣味に浸《ひた》っているのであった。だから美酒あり、豪肴《ごうこう》あり、麗女あり、いやもう百年前の専制王室だったときのアカグマ国宮廷の生活も、まさかこれほどではなかったろうと思うくらい豪華を極めたものであった。
 そういう豪華版は、何の力によって招来したのかといえば、これすべて、一億に近いイネ州の人民の膏血《こうけつ》によって、もたらされたものであった。
 そのころ、舞台では、当日の大呼び物であるところのドラマ『イネ国の崩壊』が始まっていた。一万五千人にのぼる主客は、固唾《かたず》をのんで、その舞台面に見入っていた。
 イネ国の崩壊!
 イネの国民にとっては、
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