。さあ、諸君、それを祝って、どうか祝杯をあげていただきたい!」
 そういって、スターベア大総督は、大きな水晶の杯を高くあげた。
「アカグマ国、万歳!」
「スターベア大総督、万歳!」
 喝采《かっさい》の声と音とは、大広間を、地震のようにゆすぶった。
 大総督は、満悦のていであった。
 彼は、常に似ず、誰彼の区別なく、しきりに愛嬌《あいきょう》をふりまいて、にこにこしていた。
 そのとき、大総督の前に、黒い金の網でつくった手袋をはめたしなやかな手が、つとのばされた。
「やあ、これはゴールド大使閣下」
 と、大総督は、大きなパンのような顔を一段とゆるめて、その黒い手袋の手を握った。
 ゴールド大使!
 それは、この太青洋を距《へだ》てて、東岸に大本国を有するキンギン連邦政府の女大使、ゴールド女史であった。
 ゴールド女史は、年齢わずかに二十九歳という若さでもって、キンギン国にとっては、最も深い意義を持つこのアカグマ国イネ州|駐剳《ちゅうさつ》の特命全権大使として、首都オハン市にとどまっているのであった。
「ああ大総督閣下。今日の御招待を、心から、感謝します。そしてアカグマ国の大発展、とりわけこのイネ州の統治三十周年をお祝いいたします」
「いやあ、ありがとう。キンギン国の使臣から、そういっていただくのは、このうえもない喜びです。つつしんで、貴国の大統領閣下へよろしく仰有《おっしゃ》ってください」
 大使ゴールド女史は、スターベア大総督の挨拶《あいさつ》には、無関心である如く、
「さっきのお言葉のうちに、わがキンギン連邦の人民として、黙っていることができないものがございましたが、大総督閣下には、すでにお気付きでいらっしゃいましょうね」
 と、意外にも強硬な語気でもって、スターベアを突いた。
「えっ、なんですって。このわしが、善隣キンギン連邦の神経を刺戟《しげき》するようなことをいったと、仰有るのですか。その御推察はとんでもないことです」
「そうとばかりは、聞きのがせません。もし閣下が、妾《わたし》の位置においでだったら、やはり、同じ抗議を発しないでいられますまいと存じます」
「ほう、そうですか。そんなに大使閣下を刺戟する暴言をはいたとは、思いませんが……はてどんなことでしたかな」
 大総督は、本当にそれに気がつかないのか、それとも、わざと白《しら》ばくれているのか、どっちで
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