忘れることのできない一篇の多恨なる血涙史であったが、アカグマ国人にとっては、それは輝かしき大勝利の絵巻物であって、幾度見ても、見飽きないドラマだった。
 舞台のうえでは、イネ国の首都トンキ市がアカグマ国の空軍と機械兵団のために、徹底的に空爆と殲滅《せんめつ》とをうけつつあるところが演ぜられている。硝煙をふんだんに使い、大道具は、本当にその一部を、舞台のうえで燃やすという派手な演出法により、観客を文字どおり煙にまいている。
 俳優は、アカグマ国の兵士をアカグマ国人の俳優が演じ、イネ国の兵士や国民をイネ国人の俳優が演じていた。だから、実戦さながらの闘争や惨虐《ざんぎゃく》が一万五千人の観衆の前に、くりひろげられていく。アカグマ国人は、舞台のうえへ、しきりと声援と喝采とを送って、
「イネ人を、みなごろしにしろ」
「アカグマ国、万々歳!」
 だのと、昂奮《こうふん》しきっていた。
 大総督スターベアだけは、長い髭《ひげ》に指をかけたまま、深い椅子《いす》の中にこっくりこっくり居眠りを始めていた。
 彼は、そうしながら、一つの夢を見ていた……。
 アカグマ国の本国にあるレッド宮殿において、ワシリンリン大帝から、彼は叱《しか》られているところを夢みていたのだ。
(けしからんじゃないか、スターベア。女大使ゴールドなんぞに、さかねじを喰うとは、なんだ。太青洋は、両国の共有物で、緩衝地帯などとは、けしからん約束手形だ。アカグマ国の今後の活動が制限されて、困るじゃないか!)
(へいへい、ワシリンリン大帝陛下。あれは口から出まかせでございまする。ああでも申しませぬと、折角の大祝典が、めちゃめちゃになってしまいますので巧言をもって、女大使めをうちとりましたようなわけでございまする。ごらんなされませ、あのように申しておきましたので女大使めは、わが国が太青洋を侵す意志がないとの秘密電話を、大統領にかけましたようでございます。その隙をうかがい、近いうちに、必ずキンギン国を、ばっさりと……)
(おいおい、そううまくいくかね。どうも貴様は、大言壮語するくせがあっていかん。おい、本当に、自信があるのか。おい、おい)
 そこで大総督は夢からさめた。
「もしもし、もしもし」
 誰かが、大総督の服をうしろから、しきりと、ひっぱっている。
 大総督は、びっくりして、うしろをふりかえった。
 すると、椅子の蔭に
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