「でも、吾輩は総指揮官……」
「総指揮官とて信用は出来ない。とにかく余は貴官と約束したところに従い、現実に独本土上陸をやって見せた上で帰国しようと思う。百の議論よりも、一の実行だ。実績を見せれば、文句はないじゃろう」
「なるほど。すると博士御発明の独本土上陸用の新兵器は、目下|続々《ぞくぞく》と建造《けんぞう》されつつあるのですな」
ゴンゴラ将軍の瞳が燿《かがや》いた。
「その建造は、二週間前に終った。それから、搭乗員《とうじょういん》の募集にちょっと手間どったが、これも一週間前に片づき、目下《もっか》わが独本土上陸の決死隊二百名は、刻々《こくこく》独本土に近づきつつあるところじゃ。これだけは話をしてやってもええじゃろう」
「人員二百名は少いが、とにかく刻々独本土に近づきつつあるとは快報です。大いに期待をかけますが、果してうまくいくですかな」
「なにしろ、独本土へ上陸しようというイギリス軍人の無いのには愕《おどろ》いた。折角《せっかく》作ったわが新兵器も、無駄に終るかと思って、一時は酒壜の底に一滴《いってき》の酒もなくなったときのような暗澹《あんたん》たる気持に襲われたよ」
「しかしまあ、二百名にしろ、決死隊員の頭数《あたまかず》が揃ったは何よりであります。本官の名誉はともかくも保《たも》たれました」
「さあ、どうかなあ」
「えっ」といっているとき、幕僚《ばくりょう》が部屋へとびこんで来た。
「総指揮官。只今ドイツ側がビッグ・ニュースの放送をやって居ります。事重大《ことじゅうだい》ですが、お聴きになりますか」
「重大事件? ははあ、あれだな。スイッチを入れなさい」
スイッチが入って、ドイツ放送局のアナウンサーの声が高声器《こうせいき》から流れだした。
「……繰返《くりかえ》して申上げます。本日午後五時、二百名より成るドイツ将校下士官兵の一隊は、イギリス本土よりわが占領地区カレー市へ無事|帰還《きかん》いたしました。これは、目下イギリスに在る金博士の発明になる深海歩行器《しんかいほこうき》によって、ドーバー海峡四十キロの海底を突破し、無事帰還したものでありまして、実に劃期的《かっきてき》な大陸連絡でありました。因《ちなみ》に金博士の深海歩行器というのは、直径三メートルばかりの丈夫なる金属球《きんぞくきゅう》でありまして、中に一人の人間が入り、局所照明灯《きょくしょしょうめいとう》により、前方の機雷や防潜網を避《さ》けながら歩行機械により海底を歩行出来る仕掛けになって居りますが、十分《じゅうぶん》ドーバー海峡下の水圧には耐えるようになって居ります。その他のことについては、機密になって居りまして、詳細をここに述べられませんのは遺憾《いかん》でありますが、尚《なお》今回の壮挙《そうきょ》のエピソードといたしまして、最初金博士は、この大発明兵器深海歩行器に搭乗する決死隊を、イギリス軍隊の中に求めましたが、何分にも赫々《かっかく》たるドイツ軍の戦績とダンケルクの敗戦を想起《そうき》し、一人の応募者《おうぼしゃ》もありませんので、遂に金博士は腹を立て、予《かね》て捕虜として収容されありし前記二百名のドイツ軍人に独本土上陸の希望を問合《といあ》わしたところ、一同大喜びにて、決死隊に応募し、遂に今回の大成功を見たものであります。……」
ゴンゴラ総指揮官が真赤《まっか》になって金博士の方に振返った時には、既に博士の姿は卓上の酒壜と共に、かき消すように消え失《う》せていた。
底本:「海野十三全集 第10巻」三一書房
1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1941(昭和16)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:まや
2005年5月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング