「金博士は、机に向い、設計用紙を前にして、計算尺《けいさんじゃく》をひねりつつあり」とか「金博士、只今、バーミンガムの特殊鋼《とくしゅこう》工場へ、マンガン鋼《こう》五十トンの注文を発せり」などという工作関係のニュースは入っていなかったのである。ゴンゴラ総指揮官は、飛行機にのって特殊飛行をやってみたい衝動《しょうどう》に駆《か》られて、弱った。
 ついにゴンゴラ総指揮官の勘忍袋《かんにんぶくろ》の緒《お》が切れ、警衛隊に命令して、金博士をオムスク酒場から引き立て、官邸へ連れて来させたのであった。そのとき金博士は、へべれけに大酩酊のていたらくであった。
「うーい。こら、こんな面白くない酒場へ引張《ひっぱ》って来やがって。こーら、そこにいる大将。早くジンカクを持ちこい」
 ゴンゴラ大将は、仁王様《におうさま》がせんぶりの粉《こな》を嘗《な》めたような顔をして博士のぐにゃぐにゃした肩を鷲《わし》づかみにした。
「これ、金博士。いかに酒好きとはいえ、酒ばかり呑んで、吾輩との約束を無にするとは遺憾《いかん》である」
 総指揮官は、極力《きょくりょく》腹の虫を殺して、春の海のように穏《おだや》かに
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