ゴラ将軍は、幸《さいわ》いにして飛行機の操縦が出来ないから、安心してよろしい」
ゴンゴラ総指揮官は、頬をトマトのように赧《あか》くして、卓《たく》を叩《たた》いた。
「何人《なんびと》が何といおうと、独本土上陸作戦を決行する吾輩の決意には、最早変りはない。ドイツを屈服《くっぷく》せしめる途は只《ただ》一つ、それより外に残されていないのである」
一座は、尚も喧々囂々《けんけんごうごう》、納《おさ》まりがつかなくなった。あちこちで、同志討《どうしうち》までが始まる。
「なにも、そんな危い芸当をやらないでも、もっと確実に、しかも安全にドイツをやっつける方法があるんだ」
「そんなことはないでしょう。自分は総指揮官の作戦に同意する」
「それは愚劣《ぐれつ》きわまる。よろしいか。わしの考え出した作戦というのは、至極《しごく》簡単明瞭《かんたんめいりょう》である。それは、ドイツに対して『わがイギリスは貴国を援助するぞ』と申入れれば、それでよろしいのじゃ」
「なんだ、それは。敵国ドイツを助ければ、わがイギリスはいよいよ負けるばかりだ」
「それだから貴公《きこう》は、駄目だというんだ。ちと歴史を勉強しなされ、歴史を。今度の世界戦争以来、わがイギリスが援助をすると申入れた先の国で、滅びなかった国があるかね。ベルギーを見よ、和蘭《オランダ》を見よ、チェッコを見よ、ポーランドを見よ、それからユーゴを見よ。ギリシヤを見よ、蒋介石《しょうかいせき》を見よ。だから、われわれイギリスが、『ドイツよ、お前を助ける』と申入れただけで、ドイツも亦《また》、滅びざるを得ないであろう。これ、歴史上の事実から帰納《きのう》した最も正確にして且つ安全な作戦じゃ」
仲々一座の納りがつかないので、ゴンゴラ総指揮官は、席を立って、金博士のところへやって来た。
「金博士。吾輩の切なるお願いである。新奇なる兵器を作って、わがイギリスの沿岸《えんがん》から発し、独本土へ上陸せしめられたい」
このとき、金博士は、ようやく卓上の料理を悉《ことごと》く胃の腑《ふ》に送り終った。博士は、ナップキンで、ねちゃねちゃする両手と口とを拭《ぬぐ》いながら、
「ああ余は遠く来た甲斐《かい》があったよ。ほう、美味《びみ》満腹《まんぷく》だ。はて、何といわれたかね」
と、取り済ました顔である。
「おお金博士。今も申すとおり、吾輩の切なるお願いである。新奇なる兵器を作り、わがイギリスの沿岸より発し、独本土へ兵を上陸せしめられたい」
ゴンゴラ総指揮官は、声涙共《せいるいとも》に下《くだ》って、この東洋の碩学《せきがく》に頼みこんだ。すると博士は、
「ああ、それくらいのことなら、至極《しごく》簡単にやって見せるよ」
「えっ、本当に出来る見込みがありますか」
「ありますとも。そんなことは、人造人間戦車の設計などに較《くら》べれば訳なしじゃ」
「おお、それが真実なれば、吾輩は天にものぼる悦《よろこ》び――いや、とにかく大きな悦びです」
「しかしのう、ゴンゴラ大将。それについて、余は、篤《とく》と貴公と打合わせをしたいのじゃが、この席ではなあ。つまり、こう沢山の人々の耳に入れては、それスパイに買収せられた耳も交《まじ》っているかもしれない。二人切りになれないものかな」
「ああ、そのことなら、吾輩としても、願ってもないことです。よろしい。では他の将軍たちを退場させましょう。おい諸君。君たちは一時《いちじ》別室へ遠慮せよ」
さすがに総指揮官の一声で、他の将軍たちは、ぶつぶつがやがやいいながら、ゴンゴラ大将と金博士をそこに残して、元来た扉《ドア》から出ていってしまった。
「さあ、もう一杯、いきましょう」
「すこし廻りすぎたが、もう一杯頂戴するか」
あとは二人が水入《みずい》らずで向い合った。
金博士は、そのとき顔を将軍に近づけていった。
「今誓約したことは、必ずやります。しかし一体、独本土へ上陸といって、どこへ上陸すればいいのかな。ブレーメンかキール軍港《ぐんこう》のあたりまで行かなければ満足しないのか、それともドイツの占領地帯で、お手近《てぢ》かのドーヴァ海峡《かいきょう》を越えて旧《きゅう》フランス領のカレーあたりへ上陸しただけでも差支《さしつか》えないのか、一体どっちを望むのかね」
金博士に大きく出られて、ゴンゴラ総指揮官は、碧《あお》い目玉をぐりぐり廻わし、
「どっちでも結構ですが、一つ早いところ上陸して貰いたいですねえ。ドイツ兵のいる陸地へ、こっちからいって上陸したということになれば、そのニュースは、ビッグ・ニュースとして全世界を震駭《しんがい》し、奮《ふる》わざること久《ひさ》しきイギリス軍も勇気百倍、狂喜乱舞《きょうきらんぶ》いたしますよ」
「狂喜乱舞するかな。それはどうかと思う」
「いや
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