、狂喜乱舞することは請合《うけあ》いです」
「そうかね。そこのところは、余にはよく呑みこめないが、とにかく、上陸作戦をやるについて、予《あらかじ》め種々《しゅじゅ》、貰《もら》うものは貰って置きたい」
「ああ、これは申し遅れて失礼をしました。成功の暁《あかつき》は、博士の測《はか》り知られざるその勲功《くんこう》に対し、いかなる褒賞《ほうしょう》でも上奏《じょうそう》いたしましょう。いかなる勲章がお望《のぞ》みかな。ダイヤモンド十字章《じゅうじしょう》はいかがですな。また、何もイギリスの勲章に限ったことはない。和蘭《オランダ》の勲章はいかが、それともポーランドの勲章は。エチオピヤの勲章でもいいですぞ。それともフランスの勲章にしますか」
「勲章など貰っても、持って帰るのに面倒《めんどう》だから、いやじゃ。それよりも、当国《とうごく》逗留中《とうりゅうちゅう》は、イギリス製のウィスキーを思う存分《ぞんぶん》呑《の》ませてくれればそれでよろしい。今のうちに呑んでおかないと、きっとドイツ兵に呑まれてしまうからね」
「縁起でもありませんよ」
「しかしのう、ゴンゴラ将軍。さっき余が、貰うものは貰って置きたいといったのは、そんなものではないのじゃ」
「え、勲章の話ではなかったのですか」
「東洋人というものは、お主《ぬし》のように、左様《さよう》に貪慾《どんよく》ではない。余の欲しいのは、白紙命令書《はくしめいれいしょ》だ。それを百枚ばかり貰いたい」
 博士は妙なことをいいだした。白紙命令書というのは、まだ命令の文句が書いてない命令書のことであった。
「白紙命令書百枚もよろしいが、何にお使いですかな」
 と、ゴンゴラ将軍は腑に落ちない顔。
「知れたことじゃ。お主から頼まれた一件を果すためには、万事極秘でやらにゃならん。だから余だけが計画内容を知っているということにするには、白紙命令書を貰ったのが便宜《べんぎ》なのじゃ。尚その命令書には『追《おっ》テ後日《ごじつ》何等カノ命令アルマデハ本件ニ関シ総指揮官部へ報告ニ及バズ』と但書《ただしがき》を書くから、予め諒承《りょうしょう》ありたい」


     3


 ゴンゴラ総指揮官は、遂《つい》に白紙命令書百枚を金博士に手交《しゅこう》して、博士の手腕に大いに期待するところがあった。
 ところが、それから一週間たっても、二週間たっても、金博士が一向動きだしたという知らせに接しないのであった。
 将軍のところへ出入する情報局|蒐集官《しゅうしゅうかん》たちは、決《きま》って、将軍から同じ趣旨《しゅし》の質問を受けるのだった。
「おい、金博士の動静《どうせい》についてのニュースはないのか。すくなくとも一巻のニュース映画になるくらいのものは持って来い」
 将軍は、金博士の行動のニュースに飢《う》えているのであった。
 情報蒐集官たちは、残念ながら、博士についてのニュース材料の持ち合わせがなかった。それで次回から、せいぜい気をつけることにして、金博士の身辺《しんぺん》を猟犬《りょうけん》の如く、或いはダニの如く、或いは空気の如く搦《から》みついて、何を博士が実行に移しているかを調べたのであった。
 その結果は、毎日毎夜それぞれの情報蒐集官から、ゴンゴラ総指揮官のところへ集ってきた。
「金博士は、本日午前十時、セバスチァン料理店に現れ、午後二時まで四時間に亘《わた》り昼酒《ひるざけ》をやり、大いに酩酊《めいてい》せり」
「ふん、大いにやっとるな」
 と、ゴンゴラ将軍は次の報告書を取上げる。
「金博士は、本日午後二時十五分より、カセイ・ホテルに現れ、飲酒三時間に及べり。午後五時三十分、退出《たいしゅつ》す」
「よく飲むなあ。身体をこわさなきゃいいが……」
 次の報告書には、こう書いてあった。
「金博士は、本日午後五時四十五分、ピカデリー街に於て、数名の東洋人に襲撃せられ……」
「おや、これはニュースらしいニュースだ」
 と、総指揮官は、思わず前に乗りだして、さてその次を読むと、
「……街上《がいじょう》に於て、ウィスキーのラッパ呑みを強要されしが、それより博士の提案により、会場をコルコット街《がい》裏通りのバー、ホーンに於て一同揃って痛飲会《つういんかい》が開催《かいさい》せられることとなり、同夜午後十一時まで、通計《つうけい》五時間……」
 将軍は、苦《にが》り切って、その報告で洟《はな》をちんとかむと、紙屑籠《かみくずかご》へ投げこんだ。
「金博士は、地酒窟《じざけくつ》ランタンに現れ、午後十一時十五分……」
 どこまで読んでいっても、金博士が酒を飲む報告書ばかりであった。将軍は、うんざりしてしまった。
 気をつけていると、毎日毎夜、集ってくるどの報告書も、飲酒の実績報告ばかりであって、その中に只の一枚も、
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