士のところを辞去《じきょ》するとき、瓦斯通路を歩かされ、すっかり瓦斯患者とされてしまったのを、当人はもちろん醤も気がつかなかったのだ。
 この手紙を受け取った醤は、たいへん口惜しがって、豆のような涙をぽろぽろ机の上におとしながら、博士に向って抗議文を書いた。その要旨《ようし》は、
“金博士よ。バーター・システムの取引を承知しておきながら、かの燻精を変質させて送りかえすとは、片手落《かたてお》ちも甚《はなは》だしい。われに確乎《かっこ》たる決意あり。しっかり説明文をよこされよ”
 すると、金博士が折りかえし返事して曰く、
“醤よ。身から出た錆《さび》という諺《ことわざ》を知らぬか。燻精を変質させて送りかえしたのは、お前がわしに、表のレッテルとはちがう変質インチキ酒《しゅ》を贈ってよこしたからだ。つまり変質に対する変質の応酬《おうしゅう》である。わしは、バーター・システムの約を忠実に果したつもりである。質的《クオリティヴ》のバーター・システムをね。あのインチキ・ウィスキーは悉く黄浦江《こうほこう》へ流してしまったよ。以後お前とは絶交《ぜっこう》じゃ”
 と、博士は手紙の端《はし》に黒々と句
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