空軍の目をのがれるため、外観は出来るだけ荒《あ》れ果《は》てたままにしておいた。しかし、あの煙突だけは、仕方なく建てた」
太い煙突が古城の上にぬっと首をつきだしている。
「あれは何ですか、あの煙突は」
「試作《しさく》の毒瓦斯が空高く飛び去るためだ」
「毒瓦斯は元来空気より重きをよしとするのでありまするぞ。煙突から飛び立つような軽い毒瓦斯てぇのはありません」
「いや、その重い毒瓦斯の逃げ路も作っておいた。向うに見える太い鉄管《てっかん》は、海面《かいめん》すれすれまで下りている。重い毒瓦斯は、あの方へ排気《はいき》するんだ。風下はベンガル湾《わん》だ。海亀《うみがめ》とインド鰐《わに》とが、ちかごろ身体の調子がへんだわいといいだすかもしれんが……」
醤が毒瓦斯発明院に対して肩の入れ方は、非常なものだった。燻精は、彼の信頼に十分|報《むく》いることが出来ようと自信たっぷりだった。
発明院長に燻精が就任《しゅうにん》して、百三十五名の発明官が、その下に仕事を始めることになった。まず設備を作るのに、三ヶ月かかった。それから燻精の講義が三ヶ月つづいた。
燻精の講義は全くすばらしかった。ときどき傍聴《ぼうちょう》に来る醤買石《しょうかいせき》は、その都度、頤《あご》の先をつねって恐悦《きょうえつ》した。
「ふふふ、洋酒百四十函が、こんなにすばらしい効目《ききめ》があろうとは、すこし気の毒だったなあ」
燻精の指導ぶりは、目のさめるようであった。
原動機《げんどうき》は廻転し、ベルトはふるえ、軸《シャフト》は油をなめまわし、攪拌機《かくはんき》はかきまわし、加熱炉《かねつろ》は赤く焔《も》え、湯気《ゆげ》は白く噴き出し、えらい騒ぎが毎日のように続いた。
そうなると、醤は落ちついていられなくなって、毎日のようにここに足を運んだ。
「おい燻精。まだ例の神経瓦斯は出来ないか。出来たら、余に早く見せてくれ」
「醤委員長よ。今度こそすばらしいものが出来ますぞ。瓦斯密度《ガスみつど》が一・六〇〇〇四です。理想的な密度です。おどろいたでしょう」
「一・六〇〇〇四? よくわからないねえ」
「精密なること、金博士の製品を凌駕《りょうが》しています。かかる精密なる毒瓦斯は……」
「精密よりも、効目の方が大切だぞ」
「いや、この精密度なくして、あの忍耐力のつよい敵兵を斃《たお》すことは出
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