大洪水の如くである。それは、客が雨に濡れた蝙蝠傘を手許に引きつけたまま腰を下ろしていたからであった。
「早速じゃが、一件大至急で、出願して頂きたいものがあるのですが、その前に、念を押して置きたいが、あんたは、秘密をまもるでしょうな」
「それは、もうおっしゃるまでもなく、弁理士というものは、弁理士法第二十二条に規定せられてある如く、弁理士が、出願者発明の秘密を漏泄し、または窃用したるときは六月以下の懲役又は五百円以下の罰金に処すとの……」
「いや、もうそのへんにてよろしい。では、一つ、重大なる発明の特許出願を、あんたに頼むことにするから、一つ身命を拗げうってやってもらいたいです。いいですかな」
 身命を拗げうっては、どうもおかしいが、客の真剣味が窺われて、余は大いに好意を沸かした。
「承知いたしました。それでは、早速ながらそのご発明というのを伺いましょう」
「待った。発明は極秘である。お人払いが願いたい」
「お人払い? 給仕の外に、誰もいませんが……」
 すると客は、恐ろしい顔をして、首を左右にふった。給仕もいけないというのか。余は、発明の秘密性を守らんとする客の心情を尤もなることと思い
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