なことです。一体ここはどこなのでしょう。


   エンジンの音


 とんとん、とん、とんとんととん。
 今しめたばかりの口蓋《ハッチ》が、外からしきりにたたかれるのでした。春夫少年は、青木学士の顔を見上げて、
「青木さん、あの音は、なんですか」
 といえば、青木学士は、しっといって、目をくるくるさせました。青木学士は、そのとんとんいう音に、じっと耳をすましています。
 しばらくして、青木学士は春夫のうでをぐっとつかみ、
「あれはモールス符号《ふごう》だよ。国際通信の符号によって、あの音をとくと、『ここを、すぐあけろ。あけないと、外から焼き切るぞ』といっているのだ。焼き切られては困るぞ」
「焼き切るぞなんて、けしからんアメリカの水兵ですね」
「しかし、本当に焼き切られてしまっては、とりかえしがつかない。なぜといって、口蓋に大孔《おおあな》があくわけだから、そうなると、この豆潜水艇は、二度と水の中へもぐれなくなるわけだ。だから、しかたがない。しゃくにさわるが、艇を傷つけられてしまってもこまるから、口蓋をあけることにしよう」
「でも、口蓋をあけて外に出ると、アメリカ水兵のために、捕虜《ほりょ》みたいな目にあわされるのじゃない? そんなの、いやだなあ」
 と、春夫は口蓋をあけるのをいやがりました。
「でも、しかたがないよ。ここは、そういうことにして、またなにかいいことを考えるよ。艇がこわされては、それこそどうすることもできない」
 青木学士の顔は、くるしそうに見えました。そして春夫に代って、ついに口蓋をあけました。
 とたんに、上から軽機関銃の口が、ぬっとこっちをのぞきこんだではありませんか。
「出ろ。抵抗すると撃ち殺すぞ」
 英語で命令です。
 青木学士も、むっとするし、春夫少年も、その様子をさとってしゃくにさわりました。
 でも、どうすることもできないので、青木学士は春夫をうながして、昇降口をのぼり、とうとう豆潜水艇から外に出ました。
「おとなしくしているんだぞ。抵抗すると、一撃《ひとうち》だ」
 いつの間にあつまったか、そういって号令をかけている目の青い下士官のほかに、武装をしたアメリカ水兵が六人ばかり、二人をとりまきました。
 春夫は、べつにおそろしいとも、なんとも思いませんでした。日本の水兵さんにくらべると、アメリカの水兵なんか、たいへんだらしないものに見えます。
 それよりも、春夫をおどろかせたものがありました。それは、そのあたりの風景でありました。
「こんな島があるだろうか?」
 青木は口蓋のすきまからここをのぞいて、これは島だといいました。なるほど、下は砂地です。そして椰子《やし》のような植物が生えております。小さいけれども、岩のようなものも見えます。海中から、いきなりこんなところにつれてこられたなら、なるほど、だれだってここは島だとおもうにちがいありません。
 しかし島にしては、ちとおかしいことがあります。それは、水平線も見えなければ、あの青い海も見えないことです。頭の上を見ますと、すりガラスの天井があります。
 これを島だというのは、どうでしょうか。一体ここはどうした場所なんでしょう。
「こら、少年。なぜ、じっとしていない。きょろきょろすることは許さん」
 下士官のぺらぺらいう英語がわからないので、なおもきょろきょろしていたものですから、水兵がこわい顔をして、つかつかとそばへよってきました。
 青木は、それと気がついて、春夫に注意をあたえ、彼を水兵からかばいました。


   隊長らしい紳士《しんし》


 これからどうなることかと、春夫少年が思っていると、下士官たちに命じて、二人の前後をまもらせ、前へ進めと、あるかせました。
 どこへつれていかれるのでしょうか。
 砂地のうえをすこしばかりあるいていくと、地下室の入口のようなものが見えてきました。
「ここからおりるんだ」
 下士官は、先に下りました。
 春夫たちも、そのあとについて、階段をおりていきました。
 おりたところは、天井の低い、ちょうど軍艦や汽船の中と似たようなところでありました。このとき春夫は、足の下から、かすかではあるが、ごっとんごっとんと、エンジンが廻っているらしい震動が、ひびいてくるのを感じました。
「一体ここは、どこだろうか?」
 春夫には、そのなぞをとくことが、たのしみになってきました。もしもこのとき春夫が、おどろいたり、あわてたりしていたら、このかすかなエンジンの音などは、もちろんききのがしたことでありましょう。
 やがて青木学士と春夫とは、ある一室へつれこまれました。そこは、天井こそ低いけれど、たいへんぜいたくなかざりのある部屋でありました。正面には、りっぱな机があり、ふかふかした肘《ひじ》かけ椅子《いす》が一つおいてありましたが、その椅子には誰がすわるのでしょうか。
 下士官が、扉《ドア》をひらいて、さらに奥にはいっていきました。やがて彼が出てきたときには、白い麻の背広服をきた一人の紳士をともなっていました。
 からだの大きい、顔のたいへん赤く、鼻のとがった、そしてほそい口髭《くちひげ》のある、目のするどい人物でありました。その紳士が、例《れい》のふかふかした肘かけ椅子に、どっかり腰をおろしました。その様子から考えると、彼はどうやら隊長らしいのでありました。
 春夫は、その隊長紳士が、なにをはじめるのかと、目をみはっていました。
 すると、その隊長紳士は、ポケットから、ピストルを出して、机の上におきました。それから、青木学士と春夫を、ぐっとにらみつけ、
「ああ、ここでは、わしの命令にしたがうか、それとも、このピストルの弾丸《だんがん》をくらって死ぬか、二つのうち一つしかないのだ」
 と、いやにおどかし文句をならべ、
「われわれは、いつでも、ほしいと思ったものを、かならず手に入れる力をもっている。お前たちは、小型潜水艇を、われわれの手にわたすまいとして、いくどもにげまわったが、もうこれからのちは、そんなむだなことはやめにするがいい。わかったか」
 と、彼は、いやにいばっていいました。
 すると青木学士は、からからと笑いだしました。
「あははは。なにをいうか。われわれ日本人のやることに、君たち外国人のさしずはうけないぞ。からいばりはやめて、なにかそっちで、おしえをうけたいことがあるなら、ぼくらの前にどうぞおしえてくださいと、すなおに頭を下げたがいい」
 青木が、きっぱりいい放ったことばに、隊長紳士は顔をいっそう赤くそめて、ぶるぶるふるえ出しました。きあ、この場のおさまりは、どうなることでしょうか。


   とりかえっこ


 その怪外人は、じつにいばっています。二人にむかって、
「なにをいっても、もうだめだ。ここへはいったが最後、お前たちを生かすのも殺すのも、わしの自由だ。なんでもはいはいといわないと、ためにならないぞ」
 といって、彼はピストルをふりまわします。
 青木学士は、考えました。
 自分ひとりだけならいいが、水上少年と一しょですから、あまりひどいことをされてはこまると思いました。またその外人も、いいだしたら、あとへひきそうもない様子ですから、ここはしばらく相手のいうとおりになって、あとですきをみて、なんとか、にげだす方法を考えることにしようと決心しました。
 そこで青木学士は、二三歩、怪外人の前へあるいていって、
「おい君。君がそんなにいうのは、あの豆潜水艇の中をしらべてみたが、どうしたら動いたり、浮いたり、沈んだりするのか、それがわからないので、僕たちをせめるのだろう。どうだ、あたったろう」
 白服の怪外人は、それをきくと、うーんとうなって、また一そう顔をあかくし、下士官たちの方をふりむきました。
 そこで、青木学士は、ここぞと思い、
「だから、わからないなら、わからないとはっきりいって、僕たちにおしえを乞《こ》えばいいじゃないか。礼をつくせば、僕だって、おしえてやらぬこともない。自分のよわ味をかくそうとして、いばりちらすなんて、よくないことだ」
 こういわれて、さすがの怪外人も、こまった様子です。それからというものは、急に彼は態度をかえて、ことばをやわらげました。
「いや、わしも、べつだん、事をあららげたくはないのだ。君が、かくさずおしえてくれるというのなら、尊敬をもって、説明をきいてもいいと思っている」
 なにが尊敬でしょう。自分たちに都合がいいとなると、どんな白々しいことでもいう彼らでありました。
「じゃあ、説明をしましょう。しかしその前に一つ、非常に不審《ふしん》なことがあるんだが、あなたにたずねて答えてくれますかね」
 と青木学士がいいました。
「ははあ、交換条件というやつだな」
「まあ、そうですね。これはアメリカでもやることでしょう。承知してくれますね」
 そういうと怪外人は、しばらく考えていましたが、やがてうなずいて、
「よろしい。一つだけ、君の質問に応じてもよろしい。ただし一つだけだよ」
 青木学士は、一体なにを聞くつもりでしょうか。


   とつぜんのさわぎ


「これは、ぜひ知っておきたいことですが――僕たちの命はないものだと知っているから、死に土産《みやげ》にきいておきたいと思うのだが、一体ここは、どこですか。島ですか、地下街ですか、それとも船ですか」
「ふーん、そんなことを知りたいというのか。そいつは、困ったね」
「さあ、答えてください。約束です」
「うむ、約束は約束だが……」
 と、その怪外人はしばらく考えていましたが、やがて下士官をよんで、相談をしてから、
「よろしい。では話をしよう」
「それはありがとう」
「これは、わがアメリカが秘密に作った動く島なんだ」
「えっ、動く島ですか」
 と、学士は、わざとおどろいた顔をしました。すると、かの怪外人は、ますますいい気になって、
「うふふん、どうだ、おどろいたろう。つまりこれは、浮きドックから思いついたもので、ふだんは海面下にかくれていて、エンジンでもって思う方向へ動けるのだ。なにか太平洋に――太平洋にかぎったことはないが、とにかく事があると、この動く島は潜水艦や飛行機の母艦《ぼかん》になるのだ。油もうんとつんでいる。修繕工場《しゅうぜんこうじょう》もある。食料も一ぱいある。実はこの動く島は、いま試験のため、こうして……」
 と、ここまでいったとき、かの怪外人は、急に口をつぐみました。
 それは、うしろにいた下士官が服をひっぱったからです。調子にのって、秘密のことまで、ぺらぺらといいそうになったので、おどろいて注意をしたのです。
「いや、むにゃむにゃむにゃ。もうこのへんでいいだろう」
「ありがとう」
 青木学士は、礼をいいました。
 彼は、心の中にこう思いました。
「どうもそうだと思ったが、やっぱりそうであった。これは、いかにもアメリカがやりそうな、ばかばかしい仕掛《しかけ》である。こういう動く島を、これからたくさんこしらえて、太平洋の方々に浮かべておくつもりなんだろう。もちろんそれは、太平洋に、戦争がおこる日に役立たせるつもりにちがいない。これは試験的のものだというから、アメリカでは、まだこの動く島をたくさんは、つくっていないと見える。とにかく、これはいいことをきいたわい」
 青木学士は、急にいのちがおしくなりました。
 いのちがおしいといっても、青木学士が急に卑怯《ひきょう》な人間になったのではありません。
 そのわけは、だれもしらないこれだけのアメリカの秘密を知ったものですから、なんとかして、これを、祖国日本にしらせたいものと思ったのです。これなら、皆さんもきっと、満足に思われるでしょう。そうなのです。まったく、そのとおりなのでありました。


   大手柄《おおてがら》


 さて、皆さん。
 これから青木学士が、水上少年と力をあわせて、どんな風にして、アメリカ製のこの動く島から逃げだすことができたかとお思いですか。
 もちろん、二人は、アメリカ人たちの手からのがれて、出ていってしまいましたとも。そのかわり、二人はいのちを
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