ね。安心したまえ。その方はじゅうぶんとはいかないが、せつやくすれば、二人で三十日ぐらいくらしていけるだけはある」
「へえ、そんなにあるのですか」
 春夫は、三十日分もあるときいて、目をまるくし、つばをのみこみました。
「それで、なにが足りないのですか、青木さん」
「その足りない品ものというのはね、当局からもらった機関銃《きかんじゅう》だよ」
「へえ、機関銃ですって? そんなものを、どうしてもらったのですか」
「だって、太平洋は、いま武装しないでは、あぶなくて航海できないじゃないか。おねがいしてやっともらったんだけれど、大切なものだから、一番あとでのせるつもりでいたから、つめなかったんだよ」
 なるほど、いま太平洋はいつ敵国の軍艦や飛行機から攻撃《こうげき》をうけるか、たいへんあぶない時期にはいっていた。そういう場合に日本男子は、おめおめ敵のためにしずめられたり、とりこになったりしてはいけない。むかってくる敵にたいしては、あくまでたたかうのが日本男子である。もうこうなれば、兵隊であろうが、なかろうが、かくごはおなじことである。
 そういう時期にはいっているのに、青木学士は、身をまもる機関銃を忘れたといって、あんがいへいきでいるのである。
 春夫は、あきれた。
「そんなものをわすれてきては、こまりますね。ほかに、武器はあるんですか」
「かくべつ武器と名のつくものはないよ。しかし、敵が向ってきても、またなんとかうまくあしらってやるよ」
「銃も刀ももたないで、敵に向うなんて、らんぼうじゃありませんか」
「そうだ。ちょっとらんぼうらしいね。あははは」
 青木学士は、べつにおどろいた風でもなく、なぜか、からからとわらいました。
 豆潜水艇は、どこへいく?
 次ぎの日に、海上において、おどろくべき事件がおころうとは、春夫はもちろん、青木学士さえも、しらなかったのでありました。


   ねむりにつく


「春夫君。君はもうねたまえ」
 と、青木学士がいいました。
「まだねむくありませんよ。それにこの豆潜水艇には、まだいろいろ用事がのこっているのでしょう。ぼくも手つだいますよ」
 春夫少年は、防毒面の中から、二つの目をくるくるうごかして言いました。
「いや、君はねたまえ。明日になったら、また、うんとはたらいてもらう用事ができるから、今夜はもうねたまえ」
 青木学士が、しきりに春夫少年にやすむようすすめました。
「じゃあねますが、この豆潜水艇に、なにかかわったことがあれば、すぐおこしてくださいね。ぼくだって、これでなかなか役にたちますよ。航海のことは、海洋少年団にいたとき、一通りならったのですからね」
「わかったわかった。早くねたまえ」
 そこで春夫少年は、すこしきゅうくつですが、防毒面をかぶったまま、きかいときかいの間に毛布をしいて、その中にもぐりこみました。やがて、その日のつかれが一度に出て、春夫は大きないびきをかいて、ねむってしまいました。
 青木学士は、そのありさまを、にこにこわらいながら見ていましたが、春夫がすっかりねむってしまうと、彼はひとりで配電盤《はいでんばん》の前にたち、受話器を頭にかけ、水中|聴音機《ちょうおんき》のスウィッチを入れました。そして目盛盤《めもりばん》をしきりに右に左にまわしてみながら、なにごとかをうかがっているようでありました。その顔は、しんけんに見えました。
 しばらくして、学士が、ほっとためいきをつくのがきこえました。
「もう、よかろう。エデン号は、よほど向うにはなれているから……」
 学士は、別のスウィッチを入れました。すると、ごとごとと音がして、ポンプがまわりだしました。それから、しゅう、しゅうと音がして、酸素ガスが鉄管から出てきました。そんなことが三十分ほどもつづいているうちに、室内の毒ガスは、きれいに洗いきよめられてしまいました。
 学士は、そこで防毒面をとりました。
「大丈夫だ」
 学士は、うなずきました。そしてこんどはよくねむっている春夫少年のそばによって、防毒面をぬがせてやりました。春夫のひたいや、鼻のあたまには、玉のようなあせがふきでていました。学士は、ハンカチーフを出して、それを念入りにふいてやりました。
「さあ、これでいいだろう。では、こっちもしばらくねむるとしようか」
 学士は、ひとりごとをいって、椅子《いす》にこしをかけ、配電盤のまえの机に両ひじをつき、顔を腕のうえにのせました。
 やがて、学士もまた、ぐうぐうといびきをかきはじめ、ゆめ路《じ》をたどったのでありました。


   深度零《しんどれい》


 春夫少年は、ふと目がさめました。なにか大きなもの音をきいたように思いました。毛布から出て、むくむくと起きあがってみますと、青木学士が、潜望鏡にとりついて、うんうん呻《うな》っているのです。これにはおどろきました。
「青木さん、どうしたのですか」
「ああ、春夫君か。どうもへんなんだ。潜望鏡が上らなくなったんだ」
「故障ですか」
「故障にはちがいないが、ふつうの故障とはちがう。三センチばかりは、楽《らく》にあがるが、あとはどうしてもあがらないのだ」
「ふしぎですねえ」
 春夫少年は、小首をかしげて、青木学士のそばへやってきました。学士が、潜望鏡のハンドルをもって、ごっとんごっとんやっているのを、しばらく見ていた春夫少年は、やがてぷっとふきだしました。
「なんだい、笑うなんて」
 青木学士が、きげんのわるいこえでいいました。
「だって青木さん。夜中に潜望鏡を出しても、仕方がないでしょう。なんにも見えないじゃありませんか」
「なにをねぼけているんだ、君は……時計を見たまえ。今は夜じゃないよ。朝の五時ごろなんだぜ」
「えっ、もうそんな時刻ですか。こいつはしまった」
 春夫少年は、腕時計を見ました。なるほどもう五時です。彼は、きまりわる気《げ》に、あたまをかきました。
「よくねむったもんだなあ。まだ夜中だと思っていましたよ」
「ねぼけちゃ、こまるねえ。しかし、こいつはよわった。外が見えないでは、こまるなあ」
 春夫は、心細くなってきました。が、そのとき、気がついたことがありました。
「青木さん。そんなら、海面へうかんで、昇降口をあけたら、どうですか」
「そんなことをしては、危険だよ。先に潜望鏡を出して、あたりに敵のすがたのないことをたしかめた上で、うきあがるようにしなければなあ」
「なるほど、それはそうですね」
 春夫は、またも失敗したかと、顔をあかくしながら、ふと深度計の針を見ました。するとおどろいたことに、深度計は零をさしていました。
「青木さん。この潜水艇は、もう海面へうきあがっているのじゃないのですか」
「そんなことはない」
「だって、これをごらんなさい。深度計の針は、零をさしていますよ」
「そんなはずはない」
 学士は、すぐさま、つよく言いかえしましたが、念のために目をうつしてみますと、これは意外!
「おや、いつの間に、深度が零になってしまったんだろうか。これはますますへんだぞ」
 学士は深度計のガラスを、手でもって、かるくとんとんと叩《たた》いてみました。それは、もしや針がどこかにくっついていて、うごかなくなったのではないかとおもい、針をはずすために、かるい震動をあたえてみたのです。しかし、深度計の針は、あいかわらず、零のところにとまったきりでした。
「これは、ふしぎだ」
 青木学士は、深度計のまえに腕組をして、うーむと呻りました。一体、どうしたわけでしょう。


   口蓋《ハッチ》開《ひら》き方《かた》


「じょうだんじゃない。この潜水艇は、推進器《すいしんき》がからまわりをしているぞ」
 青木学士が、大きなこえをだしました。よほどおどろいたものと見え、学士の顔は、まっかです。
「からまわりって?」
「からまわりというのは、推進器が、水の中でまわっていないで、空気の中でまわっているという意味だ」
「え、空気の中で? すると、この豆潜水艇は、飛行機になって空中をとんでいるというわけですか。すごいなあ、この潜水艇は……」
「おだまり」
 学士が、しかりつけました。
「え」
「いくらなんでも、豆潜水艇が飛行機になったりするものか」
「あ、そうでしたね。この艇はジャガイモみたいな形をしているから、とても空中をとべないや」
 春夫少年は、つい青木学士にわるいことをいってしまって、気の毒になりました。
 しかし、つぎからつぎへと、このせまい豆潜水艇の中に、ふしぎなことがおこるものですから、春夫少年はなんとかして青木学士のため力をかしたいと思い、いろいろ考えるのですが、どうも青木学士にほめられるようなことになりません。
「思いきって、昇降口をあけてみよう」
 と、青木学士は、とつぜんいいだしました。
「えっ」
「空中に推進器がでているものとすれば、昇降口をあけても、水ははいってこないわけだ。少しは危険かもしれないが、とにかく外の様子がわからないことには、なにもできやしない」
 学士は、ついに決心をしたようです。
「春夫君。君に重大な用をいいつけるよ。昇降口を、用心しながら、そっとひらいてくれたまえ。そしてぼくが、しめろ! といったら、大いそぎでしめるのだよ」
「青木さんは、どうするのですか」
「ぼくか。ぼくは昇降口のわずかの隙間《すきま》から外をのぞくのだ。なにが見えるか、のぞいてみよう」
「ああ、あるほど、ぼくは大役ですね」
 さあ、たいへんなことになってしまいました。へたをやれば豆潜水艇は、ここでぶくぶくと沈んでしまうかもしれません。春夫少年は、昇降口をひらくハンドルにつきました。
「よろしい、口蓋《ハッチ》開《ひら》き方《かた》、はじめ」
「はーい」
 栄螺《さざえ》が、そろそろと蓋《ふた》をもちあげるように、いまこの豆潜水艇は、昇降口の蓋を、そろそろともちあげはじめました。学士は、軽業師《かるわざし》が梯子《はしご》の上へのぼったような恰好《かっこう》をしています。
「あっ、しめろ!」――とたんに学士の命令です。
 春夫は、あわてて口蓋を、がたんとしめました。
「島だ、島だ。島へのしあげている。そして……」
 学士は、上《うわ》ずったこえでさけびました。


   ふしぎな島?


 さすがの青木学士も、よほどおどろいたものとみえ、にぎりこぶしで、とんとんと自分の胸をたたくばかりで、しばらくはあとの言葉がつづけられませんでした。
 これを横からみている春夫少年は、気が気ではありません。
「ねえ、青木さん。早く話をしてよ。いま、ぼくに口蓋《ハッチ》をあけさせて、青木さんは、いったい、なにを見たの?」
「し、島だ……」
「島を見ただけなら、なにもそんなにおどろくことはないじゃありませんか」
「と、ところが、あたり前じゃないんだ」
 と、青木学士のことばは、すぐとぎれてしまいます。
「あたり前の島でないというと、どんな島?」
「それが、どうもへんなのだ。外国の水兵が立って番をしているんだ。しかも服装から見ると、アメリカの水兵なんだ。おどろくのもむりではないじゃないか」
 青木学士は、ようやくあたり前にお話ができるようになりました。
「なんです、アメリカの水兵ぐらい。ちっとも、こわいことはないや」
「それはそうだけれど、その水兵はものものしく武装をしているのだよ。つけ剣をした銃をもっていた。防毒面をかぶっていた。おかしいではないか。日本の領土から、それほどとおくないところに、アメリカの水兵が、こんなものものしい姿をして番に立っている島があるのは、ふしぎすぎる話じゃないか」
 青木学士にそういわれてみると、なるほどふしぎでもあり、へんです。日本の海岸をはなれて、船足《ふなあし》で、わずか二日か三日ぐらいのところに、そんな島があるとは、おかしな話です。
「グアム島じゃないかしら」
 と、春夫少年が、思い出していいました。
「いいや、ちがう。グアム島へいくのには、もっと日数《ひかず》がかかるはずだ」
 青木学士が、うちけしました。グアム島でないとすると、いよいよこれはふしぎ
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