とけた様子もありませんでした。
くらい海
そのうちに、トラックは、大きな川っぷちにつきました。
石垣《いしがき》の下に、だるま船が待っていました。
岸から板がわたしかけてありましたから、トラックのうえのにもつであるバスは、しずかに板のうえへおろされ、そしてだるま船の中につみこまれました。
「オーライ。さあ、早いところ、でかけよう」
トニーが手をあげると、だるま船は、すぐエンジンをかけました。
一同は、だるま船の中にのりうつりました。だるま船は波をけたてて、川下へくだっていきました。
くらい川の面には、このだるま船の行く手をさえぎるものもいません。
「しめた。水上警察《すいじょうけいさつ》も、こっちに気がつかないらしい。さあ、どんどんいそげ。本船じゃ、まっているだろうから」
だるま船は、川口を出て海に入ると、こんどはさらに速度をあげて、沖合《おきあい》へすすんでいきました。
「トニーの旦那、針路は真南でいいのですかね」
「まあ、しばらく真南へやってくれ。そのうちに、無電がはいってくるだろうから、そうしたら、本船の位置がはっきりする」
トニーは、舳《とも》に腰をおろして、しきりに受信機をいじっていました。
それからしばらくたって、トニーが、耳にかけていた受話器を両手でおさえました。
「あ、本船が出た。エデン号だ」
トニーは、耳にきこえるモールス符号《ふごう》を、すらすらと書きとっていましたが、そのうちに、彼も電鍵《でんけん》を指さきで、こつこつと、おして、なにごとかを無線電信で打ちました。
そうして、両方でしきりに通信をかわしていましたが、やがてそれもおわりました。
「おい、わかったぞ。左舷《さげん》前方三十度に赤い火が三つ檣《ほばしら》に出ている船が、われわれを待っているエデン号だそうだ。船をそっちへ向けなおして、全速力でいそげ」
トニーは、舷《ふなべり》をたたいて、そうさけびました。船は、向きをかえると、出るだけ一ぱいの力を出して、くらい海面をいそぎました。
エデン号に行きついたのは、それから約二時間のちのことでありました。
「エデン号かね。こっちはタムソン部長の命令で、豆潜水艇をつんできたトニーだよ」
「おう、まっていた。トニー君。大へんな手がらをたてたものだな。わが海軍でねらっていた青木学士の豆潜水艇を、そっくり手に入れるなんて、この時局がら、きつい手がらだ。あとでうんと懸賞金が下るだろうぜ」
「その懸賞金が、目あてさ。その金がはいれば、おれは飛行機工場をたてるつもりさ」
「はははは、もう金のつかいみちまで、考えてあるのか。手まわしのいいことだ、はははは」
あぶない荷あげ
「さあ、その大したえものを、こっちの船へ起重機《きじゅうき》でつりあげるから、お前たち、下にいて、ぬかるなよ」
「おい来た。大丈夫だい。まずこのバスがめんどうだから、そら、みんな手をかせ。こいつを海の中へ、たたきこんでしまうんだ」
「よし、みんな手をかせ」
「うんとこ、よいしょ」
だるま船の中では、豆潜水艇のうえにかぶせてあったバスの車体を、みんなでもちあげました。
そして、舷のそばまでもっていって、よいしょと海中へなげこみました。大きな水音がすると同時に、船がぐらっとゆれました。
いきおいあまって、二人ほど、海中へおちこんでしまいました。しかし、いずれも船へおよぎついてきました。
さあ、それからいよいよ、豆潜水艇を起重機でつりあげる作業です。
本船からは、起重機の腕が、ぐっとだるま船の上にのびてきました。そしてその先から、くさりがじゃらじゃらと音をたてておりてきました。
「困ったなあ。この潜水艇は、丸いうえにすべっこくて、くさりをかけるところがありゃしないよ。トニーの旦那、どうしましょう」
「どうしましょうといって、どんなにしてもつりあげなくちゃ、せっかくのえものが、役に立たんじゃないか」
「でも、こいつをくさりでつりあげるのは、ちょいと大へんですぜ」
「ずるをきめこまないで、さあ、くさりをこういうぐあいにかけて、むすんだむすんだ」
「こういうぐあいにですかい。そんなぐあいにいくかな。なんだか、あぶないと思うが……」
「やれ。やるんだといったら、やるんだ」
トニーがしかりとばすので、みんなも仕方なく、大汗を出して、くさりを豆潜水艇にぐるぐるとまきつけました。
「おーい、まだかい」
本船では、どなります。
「もうすぐだ。よし、起重機のくさりをまけ」
「おいきた」
がらがらと、起重機のくさりがまきあがっていきます。やがて、くさりはぴーんとはり、豆潜水艇はしずかに、だるま船の上につりあげられていきました。
「うまくいった。そこで超重機をまわして……」
起重機は、豆潜水艇をつったまま、本船へ、横にぐっとまわしはじめました。
「あぶない!」
だれかがさけんだのです。
そのときはもうおそかった。豆潜水艇をつったくさりが、ぎしぎしなると同時に、くさりはすべり、豆潜水艇の胴から外《はず》れました。あれよというまに豆潜水艇は、がたんとかたむき、そして次ぎの瞬間には、艇はくさりからぬけ、大きな水音をたてて、海の中におちてしまいました。
さあ、たいへん。せっかくのえものが、海底へおちてしまったのです。
豆潜水艇の中
さあ、たいへんなことになりました。
みなさんがごしんぱいの豆潜水艇は、まっくらなふかい海のそこに横たおしになってねています。
あたりの海底には、林のように藻《も》や昆布《こんぶ》るいが生いしげっていて、これがひるまなら、そのふしぎな海のそこの林のありさまや、ぶくぶくと小さな泡が上の方へつながってのぼっていくのが見えるはずですが、今は夜中のこととて、何も見えず、一切まっくらです。
さあ、豆潜水艇は、もうたすかる道はないでしょうか。中にのっている水上春夫君と青木学士は、今どうなっているでしょうか。二人とも、怪しい外人のなげこんだ毒ガスにやられて、冷たくなっており、いま海のそこにねていることにも気がつかないのではないでしょうか。ところが、そのときです。とつぜん豆潜水艇が、ぱっと黄色い二つの目をひらきました。
いや、それは本当の目ではありませんでした。それは豆潜水艇の横腹についている、丈夫なガラスをはめた窓《まど》に、あかりがともったのであります。もちろんそのあかりは、艇の中にあるあかりです。窓から外へ、さっとながれだした黄色い光が、すこしずつうごいて、海藻《かいそう》の林をてらしつけます。その間にねむっていた鯛《たい》のようなかたちをした魚の群が、とつぜん、まぶしいあかりにあって、あわてておよぎはじめました。まるで銀の焔《ほのお》がもえあがったようです。あかりは、なおもすこしずつうごいていきます。
はてな、一たいどうして豆潜水艇の中にあかりがともったのでしょうか。
そうなると、豆潜水艇の中を、ちょっとのぞいてみたくなりますね。では、のぞいてみることにしましょう。
豆潜水艇の中は、うすぐらい電灯でてらされていました。
ごっとん、ごっとん、ごっとん。
重い機械がまわっているらしく、かなり大きな音がしています。それはエンジンとポンプとが一しょにまわっている音でありました。
水上春夫君と青木学士は、どこにいるのでしょうか。
あ、いました。二人は、豆潜水艇の舳《とも》に近いかべに、いもりのように、へばりついているのでした。
「青木さん。海のそこは、きれいですね」
「ああ、きれいだよ。しかし春夫君。今は、きれいだなあなんて、かんしんしていてはこまるよ。できるだけ早く、ここをはなれないといけないのだ。これで、あたりの海のそこのようすは、だいたいわかったから、すぐに艇をうごかそう。さあ、君も手つだいたまえ」
「ええ、こうなったら、どんなことでもやりますよ」
「では、もう外のあかりをけすよ」
スウィッチの切れる音がしました。そしてさっきからうしろ向きになっていた二人は、かべからはなれて、こっちを向きました。
二人は、防毒面をかぶっていました。
かたむき直し
「右舷《うげん》メインタンク、排水用意!」
「用意よろしい」
「ほんとかね。弁は開いてあるかね」
「大丈夫ですよ、青木さん。もっとしっかり号令をかけてよ」
「よし。それじゃ、やるよ。……圧搾《あっさく》空気送り方、用意。用意、よろしい。圧搾空気送り方、はじめ! はじめ! 傾度《けいど》四十五……」
豆潜水艇の中で、青木学士はひとりでさけんでいます。自分で号令をかけて、自分で仕事をやっているのです。なにしろ、この艇の中には乗組員はたった二人しかいないのですから、いそがしいことといったら、たいへんです。
かん、かん、かん、かん。
金具がすれるような音がきこえています。それとともに、今までたいへん右舷へかたむいていた豆潜水艇が、すこしずつかたむきをなおしてくるのがわかりました。
「青木さん。うまくなおってきましたね」
「ああ、この分なら、あと十六七分のうちに、ちゃんとなるだろう」
エンジンとポンプとが、あらい息をはいて、力一ぱいうごいています。
「どうして、左舷のメインタンクが開かなかったんだろうなあ」
「だって、いきなり艇が海の中へおちたから、故障がおきたのでしょう」
「さあ、どうかね。とにかくそんなことはないようにつくったつもりだったがねえ」
青木さんは、ふしぎそうにそういいました。
青木さんは、艇が海のなかにおちたと知ると、すぐにエンジンをかけ、メインタンクを開いたのです。そうすると、水がはいってきますから、潜水艇はしずみます。
そうしないと、艇はおちたいきおいで一たんしずみ、しばらくすると、また海面にうきあがるから、それでは悪人どもにまたつかまると思ったので、すぐタンクをひらいて、艇が海底におりたまま、うきあがらないようにしたのです。しかしそのとき、右舷のタンクはひらいたが、左舷のメインタンクがひらかなかったので、左舷タンクには水が入ってきませんでした。そこで、艇はひどくかたむいていたのです。
エンジンは、しきりにまわっています。
「防毒面はもうしばらくがまんしてかぶっているのだよ。今、艇内の毒ガスをおいだすと、そばにいる例の怪しい船にしれるからね」
青木さんが、ふと気がついたようすで、いいました。
「いつまでも、がまんできますよ」
「しかし、あのときは、あぶなかったねえ。悪い奴が、毒ガス弾をなげこんだとき、あわてないで、すぐ用意の防毒面をかぶったからよかったが、うっかりしていれば、今ごろは冷たくなって死んでいるよ」
「それよりも、ぼくは、青木さんが、艇内に防毒面をそなえておいた、その用意のよいのに、かんしんするなあ」
「そんなことは、べつにかんしんすることはないさ。コレラのはやる土地へいくには、かならず、水を水筒《すいとう》に入れてもっていくのと同じことだ。これからは、防毒面なしでは、外があるけないよ」
忘れもの
豆潜水艇のかたむきは、すっかりなおりました。艇は今、海のそこから五メートルほど上に、うきあがっています。
艇長さんの青木学士は、こんどは舵《かじ》をうごかす舵輪《だりん》にとりついて、かおを赤くしています。
「よし、このくらいで、ここをさよならしよう」
「青木さん、これからどっちの方へいくのですか」
「これから、ずっと沖の方へ出てみよう。その方が安全だし、ちょうど試運転にもいいからねえ」
「じゃあ、このまま外洋に出るのですね。ゆかいだなあ。青木さん、艇には、いる品ものはみんなそろっているのですか」
春夫は、しんぱいになって、たずねました。
「うん、ちょっと入れのこした品ものがあるんだ。しかし今さら、とりにかえるのも、めんどうなのでね」
「その足《た》りない品ものというのは、一たいなんですか。たべものとか、水とかが足りないのではないのですか」
「あははは。君はくいしんぼうなんだね。だから、たべものだの、水だののことを、しんぱいするんだ
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