ど蹴上げた。
五郎造は憤怒《ふんぬ》のあまり、ふらふらと立ちあがることに成功した。
「おう監督さん。おれたちは今まで黙って仕事をしていたが、この大砲はどこの国のものなんだね」
と、彼はぶるぶる慄える指さきで巨砲を指した。
「なんだ。今ごろになって、そんなことを聞くのか。分っているじゃないか。これは日本の大砲じゃないよ」
「ふむ、するとどこかの国の大砲だな。家の中にこんな秘密の砲台を拵《こしら》えて、一体どうする気だ」
「そんなことを俺が知るものかい。俺もお前と同じように、傭《やと》われている身分だよ。なんでもいいから、お金を下さる御主人さまのいいつけ通りにしていれば間違いはないんだ」
「うむ、やっぱりそうか。じゃ、貴様も使われているんだな。俺はもう今から仕事をしないぞ。日本の国内にこんな物騒《ぶっそう》なものを据えつけるような卑怯な国の人間に、いい具合にこきつかわれてたまるものか」
「なんでもいいから早くやれ、さもないとお前の生命《いのち》は無いぞ。ぐずぐずすればこっちの生命まで危いわ」
松監督はしきりに五郎造をつっつくが、五郎造はもうなんといっても云うことを聞かなかった。
砲架の上にいた外国士官は、それを見るとつかつかと降りてきた。そして流暢《りゅうちょう》な日本語で、
「貴方、なぜ早くやりませぬか。云うとおりしないと、この大砲を撃ちますよ。この砲口はどこを狙っていると思いますか。これを撃つと、大きな砲弾がとんでいって、或る重要な官庁を爆破してしまいます。そうすると、日本の動員計画も作戦計画も、なにもかも灰になってしまって、日本は戦争することが出来なくなります。どうです、撃った方がよいですか」
「卑怯者。日本人には、そんな卑劣な陰謀をたくらむ奴なんかいないぞ」
「――それとも平和的に解決しますか。わたくしの政府は、いま日本政府に平和的条約を申込んであります。それが聞きとどけられるようなら、これを撃たないで済むのです。貴方がいま乱暴して、わたくしたちの云うことを聞かないと、やむを得ずこの大砲を撃たねばなりません。どっちにしますか」
と、目の碧《あお》い士官は、五郎造をつかまえて子供だましのようなことをいった。しかしその脅《おど》しの文句の中にも、いまこの巨砲が某官庁に照準せられているというのは本当なのであろう。測量学の発達している今日、大砲の射手が目標を見て狙わなくとも、他の方法で観測した結果により、目標を見ずともうまく照準をつけることができるわけだった。ああしかし、この恐るべき攻城砲が亜鉛《トタン》屋根の下に隠されているなんてことを、誰が知っているだろうか。
なんとかしてこの大秘密を知らせる方法はないものか。五郎造はもう自分の生命のことなどは思いあきらめた。
そのときであった。
奥まった扉ががらっと開かれると、顔を真青《まっさお》にした某大国士官が、一隊の兵士を連れてとびこんできた。
「大佐どの、大変であります。いま九機から成る日本の重爆《じゅうばく》が現れて上空を旋回しています。どうやらこの攻城堡塁《こうじょうほうるい》が気づかれたようですぞ」
「なに、重爆が旋回飛行をやっているって? それは本当のことか」
「本当ですとも。ああ、あのとおり聞えるではありませんか、敵機の爆音が……」
「うむ、なるほど。これはいけない。東京要塞長はどこにいられるだろう。すぐ指揮を仰がねばならぬ」
そういっているところへ、けたたましい電話のベルが鳴った。
大佐といわれた士官はその方へ飛びついていったが、受話器を握って大声に喚《わめ》いた。
「――はっ、そうでありますか。こっちの用意は出来ています。いつでも発射できます。はっ、すぐ攻撃しろと仰有《おっしゃ》るのですか。畏りました。では号令をかけます」
大佐は電話を置くと、隊員の方を向いて、
「気をつけ。――総員、戦闘準備。主砲発射|方《かた》用意!」
いよいよ悪魔のような巨砲が、わが日本帝国の心臓部めがけて砲撃を始めることとなった。五郎造はもう逆上《ぎゃくじょう》してしまった。いきなり兵をかきのけて、砲架《ほうか》によじのぼろうとした。
「こら、なにをする」
どーんと一発、傍にいる下士官のピストルから煙が出た。五郎造は棒のようになって、砲架から転げおちた。
恐怖の瞬間は迫る。――
しかしもうそれ以上、この物語をつづける必要はない。なぜなれば、その次の瞬間百雷が一時に落ちて砕《くだ》けるような大爆音がこの室に起った。亜鉛《トタン》屋根を抜けて真赤な焔の幕が舞い下りたと思った刹那《せつな》、砲身も兵も建物も、がーんばりばりと大空に吹きあげられてしまったから。
東京市民は、近きも遠きも、この時ならぬ空爆に屋外にとびだして、曇った雪空に何十丈ともしれぬ真黒な煙の柱がむくむく
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