憲はともかくも、帆村自身はなんとか再び例の秘密工事場に達する路を発見したいものと日夜そればかりを考究した。
 それから一週間ばかり後のことであった。
 帆村の熱情が神に通じたのか、彼はゆくりなくも重大なる事柄を思い出した。
 それは例の工事場で働いていたとき、その中ではないが、どこかその附近でもって、しきりに杙打《くいう》ち作業をやっているらしい地響《じひびき》を聞いたことであった。
 それについて、彼は今まですっかり忘れていた重大なる手懸りを発見したのだ。それはその杙打ちの音が、とんとんとんとんという具合になめらかに行かず、或るところで引懸《ひっかか》るようにとんとんとんととんという特徴のある音をたてることであった。歯車の歯の一つが欠けているのか、或はまたロープにくびたところでもあるのか、とにかく不整な響を発するのであった。
「こいつは締《し》めた。もっと早く気がつけばよかったんだが」
 帆村は躍りあがって悦《よろこ》んだ。彼はとんとんとんととんという不整音《ふせいおん》の地響を、どう利用するつもりであろうか。
 彼はすぐさま家を飛びだして、帝国大学の地震学教室に駈けつけた。そこで教授に面会して、携帯用の自記地震計の貸与方《たいよかた》を願いいでた。教授は事情を聞いて、快《こころよ》く教室にあるだけのものを貸してくれた上、数人の助手までつけてくれることになった。
 帆村の眼は、久しぶりに生々《いきいき》と輝いた。彼はこの自記地震計をもって、かのとんとんとんととんという不整な地響のする地点を探しあてるつもりだった。もちろんそれはまず某大国関係の建物のある地域から始めてゆくことに考えていたが、それにしても彼は、まず真先にこの地震計を据《す》えつけたい或る一つの場所を胸の中に秘めていた。


   東京要塞


 五郎造親方は、この頃になって、脱《のが》れられない自分の運命を悟《さと》るようになった。
 始めは、いい儲《もう》けばなしとばかりに、何の気もなく手をつけた仕事だったが、一週間も前から、彼はこの仕事の性質の容易ならぬことに気がついていた。身の危険をも感じないではなかったが、今となってはもうどうにもならない。一行六人は、牢獄のなかに拘禁《こうきん》されているのも同然の姿だった。
 大体の工事が済んで、左官の仕事はもうあまり要《い》らなくなった。それだのに、誰が頼んでも帰宅を許そうとしない松竹梅の札をつけた監督連だった。
 一行六人は、毎日することもなく一室に閉じこめられ、飽食《ほうしょく》していた。
 或る日、五郎造親方は、只一人呼び出された。左官の仕事道具をもって出てこいというのであるから、これは仕事が出来たのに相違ないと思った。珍らしいことだ。これで四日間というものを、仕事なしで暮したわけだ。
 五郎造親方は、久しぶりで長い廊下をとおり、見馴れた小さなくぐり戸から、例の工事場へ入っていった。だが彼の一生において、このときぐらい胆《きも》を潰《つぶ》したことはなかった。
「呀《あ》っ、――」
 といったきり、彼は腰をぬかして、へたへたと漆喰《しっくい》の上に坐ってしまった。
 見よ! さきごろまでは、何一つ入れてないがらんとした空《あ》き部屋だったのが、今はどうであろうか。その口径、およそ五十センチに近いと思われる巨砲が、彼の塗りこんだ漆喰の上に、どっしりと据えられてあるではないか。それは主力戦艦の主砲よりはるかに長さは短いが、それでも砲身の全長は五メートル近くもあった。砲の胴中は、基部《きぶ》において直径が一メートル半ぐらいあった。ずんぐりとした大攻城砲であった。
 なんのための攻城砲か。まさかこの建物の中に、巨砲が据えられるとは気がつかなかった。五郎造でなくても、誰でもこれには腰をぬかすであろう。
 巨砲の蔭から、士官が三人ばかり姿を現わした。
「おおっ」
 五郎造は全身をぴりぴりと慄《ふる》わせた。
 彼の三人の士官こそは、見紛《みまが》うかたなく某大国の海軍士官であった。五郎造は新聞紙上に、ニュース映画に、またS公園における忠魂塔除幕式の日に、その某大国将兵の制服をいくどとなく見て知っていたのである。
(夢を見ているのではないか)
 と疑って、太股《ふともも》をぎゅっとつねってみたが、やはり痛い。だからこれは夢ではない。
 夢ではないとしたら、この場の有様は、なんという戦慄《せんりつ》すべきことではないか。
 砲架の上を歩いていた士官は、松監督をさし招くと、なにごとか命令した。
 松監督は畏《かしこ》まって、五郎造のところへ飛んできた。
「おい、やり直しの仕事があるんだ。大急ぎでやってくれ。なに立てないって。そんなことでどうするんだ。じゃあ、こうしてやろう」
 と、靴の先で、五郎造の腰骨《こしぼね》をいやというほ
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