そろしいですなあ」
 といいながら、ピート一等兵は、胃袋の中からこみあげてくるげっぷ[#「げっぷ」に傍点]を、手でおさえた。林檎くさいそのげっぷ[#「げっぷ」に傍点]を……。


   早業《はやわざ》


 パイ軍曹が、林檎と幽霊の関係について、おもいわずらっている間にピート一等兵は、早いところ、その林檎をしっけいして、皮もたねも、みんな自分の胃袋へおくりこんでしまったのだった。
 すばらしい味だった。彼は、生れてこの方、こんなうまいものを、たべたことがないと思った。胃袋が、いつまでも、生き物のように、うごめいているのが、はっきりわかった。
 おかげで、ピート一等兵は、たいへん元気づいた。もう、幽霊もなんにも、なかった。
 ピート一等兵の元気にひきかえ、パイ軍曹の方は、とつぜん姿を消した林檎の幽霊のことで二重の恐ろしさを、ひしひしと感じ、ますます青くなって、ちぢかんだ。南極の凍りついた海底ふかくおちこんだうえに、人間の幽霊のほかに、林檎の幽霊にまで、くるしめられるとは、なんという情けないことだろう。軍曹は、しゃがんだまま、頭を抱えて、考えこんだ。
 それを見ると、ピート一等兵は、ちょ
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