びこんでいたので、自分が捕虜《ほりょ》となしたものであります」
「え、日本人? そいつは、たいへんだ。それ、取りおさえろ」
「別に、逃げかくれはせん。逃げたって、この氷原を、どこへ逃げられるだろうか。アメリカ兵は、思いの外あわて者が多い」
「なに! かまわん、しばれ」
「いや、待て!」
前に進んだ一団の中で、どうやら一番えらそうに見える人物が、こえをかけた。
「は」
「その、黄いろい幽霊がいうとおり、こんなところで、逃げだしても、食糧がないから、生命がないことが分っている。だから、ことさら取りおさえる必要はない」
「しかし、閣下……」
「なに、かまわん。余《よ》に、思うところがある。そのままにしておけ」
その人物は、悠々としていた。
パイ軍曹は、けげんな顔だ。
彼は、そっと、号令をかけた将校のところへ近づいて、たずねた。
「みなさんがたは、南極派遣軍だということは、さっき戦車の天蓋を叩いて信号したときに、承知しましたが、あそこにいられるえらい方は、一体だれですか」
「あの方か。あの方を知らんか。リント少将閣下だ」
「えっ、リント少将閣下」
「そうさ、南極派遣軍の司令官だ」
「ええっ、すると、ここはリント少将のいられる基地だったんですね」
「ふん、そんなことが、今になって分ったか」
パイ軍曹は、叱られている。
リント少将は、沖島速夫の前へ歩みより、
「黄いろい幽霊君。パイ軍曹のいうことに間違いはないか」
と、しずかなことばで、たずねた。しかし少将の眼は、鷹《たか》の眼のように、光っていた。
「閣下。すこし話がちがうようです。正直者のピート一等兵に、おたずね下さい」
と、沖島は、ピートを指《ゆびさ》した。
「それでは、ピート一等兵。どうじゃ」
ピート一等兵は、さっきパイ軍曹が喋《しゃべ》っているときから、しきりに拳《こぶし》をかためたり口をもぐもぐさせて、いらだっていたが、
「はい、リント大将閣下」
と、リント少将を大将にしてしまい、
「正直なところを申上げますと、すみませんが、パイ軍曹どののいうことは、すべて嘘《うそ》っ八《ぱち》でありまして、ソノ……」
「嘘か。それで、どうした」
「ソノ、つまりこの地底戦車が、遭難船の船底をぬけおちまして、海底ふかく沈没しましたときから、自分は敢然、先頭に立って、この戦車を操縦しつづけたのであります。ぜひともこの
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