い幽霊は、おごそかに命令をした。
「は。もうこれ以上、出ませんです」
「うそをつけ」
と、黄いろい幽霊は、言下に、パイ軍曹をしかりつけた。
「おい、スピードのことは、ちゃんとわかっているのだぞ。極秘《ごくひ》の陸軍試験月報によれば、地底戦車は、地中では最高三十五キロ、海底では、百五十キロまで出ると発表されているぞ」
「えっ、それまで知っているのですか。――では仕方がない。――ほら、スピード・メーターをみてください。いま、三十三キロまで出ていますよ。もうストップです」
「ごま化しては、いかん。それは地中スピードだ。しかるに、わが戦車は、いま海底を伝って前進しているのではないか。ほら、その計器をみろ。岩や土をそぎとる高速|穿孔《せんこう》車輪が、すこしもまわっていないではないか。ほら、こっちのスイッチが、ひらかれたままになっている。ごま化すのは、いいかげんにしろ」
「うへッ」
黄いろい幽霊が、おそろしく地底戦車のことをよく知っているので、さすがのパイ軍曹も、とうとうかぶとをぬいでしまった。
「わかりました。おっしゃるとおりいくらでもスピードをあげます。しかし幽霊閣下は、この戦車を、一体どこへお向けになろうというのですか」
「目的地か。そんなことは、聞かないでも分っていそうなものではないか。ほら、その地図のうえの、ここだ!」
と、黄いろい幽霊は、操縦席の前にかかっている南極地方の地図のうえを、機関銃の先で指さした。そこには、絶望の岬《みさき》と、妙な地名が書きこんであった。
「えっ、ここですか。ここは絶望の岬ですよ。いくらなんでも、こればかりは、おことわりいたします」
と、パイ軍曹は、顔色をかえた。
そうでもあろう、この絶望の岬というのは、この前、十九名からなるノールウェイの南極探険隊の一行が、岬へ上陸したのはいいが、そのまま険悪な天候にとじこめられてしまって、半年間も立往生し、ついに全員が、恨みをのんで、死んでしまった魔の場所であった。パイ軍曹が、顔色をかえるのも、無理ではなかった。
「いや、行くのだ。行くのがいやなら、すぐこの戦車から下りたまえ」
どこで聞いていたか、黄いろい幽霊は、パイ軍曹の口ぶりをまねして下りろといった。
「下りるのが、いやなら、銃弾をくらうかね」
軍曹が、だまっていると、となりに座っているピート一等兵は、しんぱいして、口をひらいた。
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