かもしれない。じっと耳をすましていたら、幽霊の吐息がきこえるのではないか、などと、いろいろと気をくばって、幽霊の発見に努力をしたのであった。
 だが、幽霊のいるらしい気配は、一向《いっこう》にしなかった。
(どうも、へんだ。おれは、どう考えても、こんな新しい戦車の中に、幽霊がすんでいるとは思わない)
 パイ軍曹は、そのとき、こんなことを思った。
(さっき、ピートと二人で、この戦車の中へ、とびこむとき、船員か戦友かが、ちょうど食べかけていた林檎を、二人のどっちかが、靴のさきでけとばして、この戦車の中へ、けこんだのではあるまいか。すると、あの林檎には、歯型のほかに、靴でけとばしたあとが、ついているかもしれない。もう一度、あの林檎をとりあげて、よくしらべてみよう!)
 林檎と幽霊の関係に、パイ軍曹の悩みは、ひとかたではなかった。
 パイ軍曹は、きょろきょろと、あたりを、みまわした。
「はて、林檎は、どこへおいたかな」
 林檎が、見あたらない。
「おい、ピート一等兵。さっきの林檎を、もう一度、しらべたい。林檎は、どこにある」
「さあ、どこへいきましたかしら……」
 ピートは、ふしぎそうにいった。
「おい、ピート。そっちへ、離れてみよ。猿の子供みたいに、いつまでも、おれに抱きついていても仕方がないじゃないか。お前が、あの林檎を、尻の下に、しいているのではないか。早く、のけ!」
「はい、今、のきます」
 ピート一等兵は、立ち上った。
 二人は林檎をさがした。
 ところが、林檎は、どこにもなかった。軍曹は、ピート一等兵のポケットの中までさがしたが、林檎はなかった。もちろん、自分のポケットにもなかった。
「どうも、へんだな。今、そこのへんにあった林檎が、どうして、なくなったんだろう。これは、いよいよふしぎだ」
 パイ軍曹の顔が、また一だんと、青くなった。
 すると、ピート一等兵が、手で自分の口にふたをしながら、
「あっ、わかりました。軍曹どの、林檎が見えなくなったわけが、わかりました」
「お前に、わかった? どういうわけか」
「つまり、あの林檎も、幽霊だったんです。林檎の幽霊だから、とつぜん、林檎の姿が、かきけすように、見えなくなってしまったというわけです」
「なるほど、林檎の幽霊か、そういうことが、あるかもしれないなあ。ああ気持がわるい!」
「ああ軍曹どの。林檎の幽霊! ああ、お
前へ 次へ
全59ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング