二人は、ぞーっとして、互いに顔を見合せた。そして、どっちからともなく、かすかにうなずいた。次の瞬間に、二人は、ひしと寄り合って互いに抱きついていた。
「わ、幽霊が、あの林檎をかじったんだ」
「ああ、幽霊の歯型! やっぱり、この戦車の中にゃ、ゆ、幽霊がいるんだ!」
 歯型のついた怪しい林檎は、二人の勇士を、ふるえあがらせた。一体、どうしたわけだろう?


   林檎の幽霊


 ほんとに、幽霊が、この地底戦車の中に、巣くっているのだろうか。
 鼻の下に、鉛筆ですじをひいたようなひげを生やしているパイ軍曹は、こんな新しい戦車の中に、幽霊などがでてたまるものかと、さっき大男のピート一等兵を叱りつけたのであるが、今や、彼の自信は、嵐にあった帆船のように、ひどくかたむきだした。
「おい、ピート一等兵」
「へーい」
 二人は、抱き合ったまま、小さい声で、話をはじめた。
「お前、これから、戦車の隅から隅までさがして、幽霊がいないかどうか、たしかめてみろ」
「そ、そんな役まわりは、ごめんです」
「なに、お前は、上官の命令に背《そむ》くのか」
「いえ、そんな精神は、ないであります。ですが、軍曹どの。自分は、生きている敵兵は、たとえ百万人が押しかけてこようと、尻ごみはしないのですが、死んでいる幽霊は、たとえ一人でも、どうも虫がすきませんであります」
「お前は、あきれた臆病者だ。そんな弱虫とは知らず、おれはこれまで、お前にずいぶん眼をかけてやった。アイスクリームが、一人に一個ずつしか配給されないときでも、おれはひそかに、お前には二つ食べさせてやったのだ。あああ損をした」
 パイ軍曹は、とんだところで、ピート一等兵をこきおろしたが「アイスクリーム」といったとき、彼は、もうこの戦車の中ではどんなことをしたって手に入れることのできないアイスクリームであることを考えて、しらずしらずに大きな吐息《といき》が出た。
 ピート一等兵は、軍曹から、とめどもなく叱られながら、足許にころがっている林檎を、じろじろと、横目でながめて、生《なま》つばをのみこんでいた。
 パイ軍曹は、むずかしいかおをして、広くもない戦車の中を、じろじろとみまわした。幽霊が、かくれているとすれば、どこにいるのだろうか。それとも、幽霊というやつは、ふだんは、人間の目には見えないのかもしれないから、案外、自分の目の前に立っているの
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