傷の隊長を、元気づけた。
 中尉は、間もなく気がついたものらしく、眼をかっと開いた。
「おお、パイに、ピートか。おれは……おれは、もう。……」
「おれはもう――おれはもう帰還されますか?」
「こら、ピート一等兵、だまれ。隊長どのは、これから遺産のことについて述べられるのだ。しずかにしろ」
「こら、二人とも。お前たちは、こここの場にのぞんで、恐怖のあまり、気、気がちがったな」
 パイとピートは、顔をみあわせて、うなずいた。もう何も喋《しゃべ》るまいぞという信号だった。この期《ご》にのぞんで、これ以上、隊長に気をつかわせることは、よくないと気がついたからである。
 中尉は、二人に脇の下を抱《かか》えられながら、はあはあと、苦しそうな息をした。しかし、さすがは軍人であった。その苦しい息の下からも、二人を相手にすることは忘れなかった。
「おい、両人。おれを抱えて、三番|船艙《せんそう》へつれていけ。そ、そして、おれのズボンの、左のポケットに、は、はいっている鍵で……その鍵で、扉をあけるんだ」
 パイ軍曹とピート一等兵は、また顔をみあわせて、うなずいた。
「こら、両人とも、そこにいないのか」
 二人は、おどろいた。
「はい、いるであります」
「ちゃんと、いるであります」
 中尉は、眼をとじたまま、うちうなずき、
「そ、そんなら、よし! そこで、三番船艙の中にはいって……はいって、その、そこにある戦車の中に、おれを乗せてくれ。おお、お前たちも乗れ」
「えっ、三番船艙に、戦車があるんですか」
「そうだ。お、お前たちの、お眼にかかったことのない恰好《かっこう》をした新型の、せ、戦車だ。さあ、は、早く、わしをつれていけ」
「隊長どのは、その戦車に乗られて、どうなさるのでありますか」
「わ、わが輩《はい》は、せ、折角《せっかく》ここまで持ってきた戦車に、生前、一度は、の、乗ってみたいのだ。そ、その地底戦車というやつに……」
「地底戦車?」
「そ、そうだ。地底戦車だ。リント少将は、そ、その地底戦車をつかって、南極の地底をさぐる――さぐる計画を、たてられているのだ。は、早くしろ。船が、もう、沈む」
「は、はい!」
 パイ軍曹と、ピート一等兵とは、顔を見合せた。二人の顔は、今までのいずれの場合よりも真剣になっていた。死を覚悟して、死の前に、他の何物への執着もすて去った二人であったが、いまこう
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