、競泳には、自信がねえです。誰よりも一等あとで、海水につかることに、はらをきめました」
「一等あとで海水につかるって、一体どうするんだ」
「いや、なに、一等背の高い檣《ほばしら》のうえへ、のぼっちゃうてえわけでさ」
「ばかをいえ。それだから、お前のような陸兵は、役に立たねえというんだ。陸に生《は》えている林檎《りんご》の樹とはちがうぞ。船がどんどん傾いてしまうのだから、一等背の高い檣てえのが、一向《いっこう》当てにならないのさ」
「そうですかい。なるほど、甲板が、いやにお滑《すべ》り台におあつらえ向きになってきましたねえ。ところで、軍曹どの。あなたは、これから一体どうなさるおつもりなんで……」
「今に、リント少将の飛行船かなんかがこの上へとんで来て、エレベーターかなんかを、この甲板におろすだろうと思うんだ。そいつをこうして、待っていようてえわけだ」
「あっはっはっはっ。軍曹どの。ここは、寄席《よせ》の舞台のうえじゃあ、ありませんよ」
二人の勇士は、死を覚悟していると見え、とんでもないばかばかしい口を、ききあっていた。
そのときであった。
二人の立っているところから、そう遠くない後方で、とつぜん、どどーンと小爆発がおこって、船の構造物が、がらがらと、はげしい音をたてて崩れた。
「ほう、なかなか景気をそえているじゃないか」
と、パイ軍曹が、へらず口を叩けば、
「わしは、子供のときから、賑《にぎや》かな方が好きです。讃美歌なんかに送られて天国へいくなんて、わしの性分《しょうぶん》にあわねえ。もっと、どかんどかんと、爆発すると、ようがすなあ」
と、ピート一等兵はやりかえして、太い指で、鼻を下から、こすりあげる。
二人は、そのまま放《ほう》っておけば、いつまでも地獄の門をくぐるときまで、その調子で、へらず口を叩き合っていたことだろう。――が、幸か不幸か、そこへ邪魔《じゃま》ものがとびこんできた。頭を割られて、顔半面まっ赤に血を染めた将校が、二人の前へよろめきながら現れたのであった。二人は、その将校の顔を見るより早く、声を合せて、叫んだ。
「あっ、隊長だ!」
「あ、カールトン中尉どのだ」
二人は、その傍《そば》へとんでいった。
中尉の遺言《ゆいごん》
「隊長どの、しっかり!」
「カールトン中尉! 傷は、かすり傷ですよゥ!」
二人は、一生けんめい、重
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