は探していたが、
「あッ、あった、あった。岩だ、岩だ」
「本当かッ」
一同は駈けつけた。
「なるほど、たしかに足型は合っている。岩の奴、警官に化けて、決死隊に加わっていたのだ。うーむ、ひどい奴だッ」
隊長はじめ一同は、狭い地中路の中で、歯ぎしり噛《か》んで口惜しがった。
「オイそんなに口惜しいかッ」
そのとき一同の背後に、鋭い声があった。
大辻老の狂乱
「なにをッ」
一同がふりかえると、五メートルほど向うに、どこからともなく照らしている電灯の光の下に、警官姿の大きな男が立っていた。右手の黒い革の手袋を取ると、物凄い釘《くぎ》ぬきのような人造手が現れた。
その手をしずかにあげて、覆面をパッと取ると、その下には大きな眼だけが、爛々《らんらん》として光っていた。おお、紛れもない「岩」だ。こんなに明るい光の下に、ハッキリと彼の姿を見たことは、いまだかつて一度もなかった。突撃隊の勇士の面々もジッとしてその場に立竦《たちすく》んだ。
「いま面白いところへ案内してやるッ」
「なにをッ」
そういう言葉の終るか終らないうちに、一同の立った足許がグラグラと揺《ゆら》めき、あッと思う間もなく、身体の中心が外《はず》れて、ガラガラと奈落《ならく》へ墜落《ついらく》していった。仕掛のある落し穴だと気がついたのは、それから暫く経って、一同が息を吹きかえした後のことだった。
「うわーッ、いたいいたい」大辻老は起きも上らず、腰の辺《あたり》をさすっていた。「三吉やーい。三吉やーい。助けに来てくれやーい」
「大辻さん、岩の足型を持っているかい」
「うん、持っているとも」そういって大辻老は腋《わき》の下へ手をやったが、うわーッと一声《ひとこえ》、たちまち跳《は》ね上った。「岩の足型がないッ」
「ほうほう、ここに白いものがこぼれているぜ」と懐中電灯を足許《あしもと》へ照らしたものがあった。それは粉々に粉砕した石膏の足型に違いなかった。「うわーン。足型が壊れちまった。俺は、俺は……。うわーン、三吉」
井戸蓋《いどぶた》の異変
そのころ、三吉少年探偵は、師の事務所に一人ポツンと、卓《たく》を前にして坐っていた。しかし彼は居睡《いねむり》をしているのではない。卓の上には大きな東京市の地図が拡げられてあった。その地図の上に、なにやら盛んに線が引張ってある。赤鉛筆で書いた大きい輪が、室町の辺に幾重《いくえ》にも重《かさな》っていた。
「すると、どうしても、ここのところが怪しいわけだ」
と三吉は鉛筆の尻で、地図の上を叩いた。「よし、こいつはどうしてやるかな」
三吉は地図の上に、すべての注意を集めているようだった。もう少しよく気をつけているなれば、そのとき人気のない奥の方でカタリ、コトリと小さい音のするのが聞えたはずだ。鼠でも出ているのか。
いや鼠ではないようだ。この事務所には有名な大きな井戸のあることは、記憶のよい皆さんはご存じであろう。その井戸はいつも黒い大蓋がしてあるのだ。その黒い大蓋がひとりで、ソロソロと持ち上ってくるではないか。誰も井戸の側にはいないのに大蓋はスクスクと持ち上ってくる。化物屋敷か? それとも何者?
三吉は、いよいよ地図と夢中に首っぴきである。しかし彼の足は、床下から出た二つの踏み釦《ボタン》の上に軽く載っている。それは果して故意か偶然か。いや、何にしても不思議なこの場の光景ではある。
三吉の大危難
ソロソロと持ち上った大蓋《おおぶた》から、やがて一本の手が生《は》えた。つづいて何か釘《くぎ》ぬきのようなものが……。
もし人が見ていたなら、物凄《ものすご》さに、あッと声をたてたかも知れない。井戸からノッソリ全身を現したは、紛れもなく巨大漢「岩」だった。彼はなぜ井戸から出てきたのだろう。
岩は細心の注意を配って、ソロリソロリと隣の室をうかがった。人気《ひとけ》ないのを見すまして、だんだんと事務室の方へ……。やがて硝子戸《ガラスど》越《ご》しに、三吉少年が後向《うしろむき》になって、地図を案じているのが、ハッキリ解った。
「うーむ」
岩はそれを見ると、満面を朱に染めた。
(小童《こわっぱ》め、おれ様の計画を嗅《か》ぎつけたからには、もう生かしておけぬぞ。小童の癖に、おれ様の仕事の邪魔をする御礼をするぞ。うーむ)
岩は胸の中でその呪わしい言葉を吐くと、静かに硝子戸に手をかけた。戸は細目に開《あ》いた。音もなく大きく開く。岩はスルリと三吉のいる室内に滑りこんだ。その手にはコルトの六連発のピストルを握って。
三吉は一向気がついた様子もない。
「うぬッ」
ぱぱーン。ぱぱーン。
ついに引金は引かれたのだ。はげしい弾丸の雨の下、この近距離で、果して三吉は射殺を免《まぬか》れることが出来るだろうか。否! 否!
岩の悲運
三吉の頭のところに最初、プスリと穴があいた。次に肩のところに……。
「あッ」
と鋭い叫声だ。叫んだのは三吉でなくして、それは「岩」だった。ガラガラと硝子板の壊れる響がした。
(しまった!)
三吉を射ったには射ったが、三吉が大きい魔法鏡にうつっているその三吉を射ったので、三吉の生命には別条《べつじょう》がなかった。本物の三吉はどこにいるかと、クルリと岩が身体をひねったときは既に遅かった。なにか足首にガチャリとからまったものがある。と思う間もなく、足がいきなり宙に浮いた。あッとピストルを取落した。
「これはいかん」
と思う間もなく、キリキリキリと音がして足が頭より上に上った。巨大な岩の身体が、天井に逆《さかさ》に釣《つる》されてしまったのだ。
「おッ、おッ、おのれッ」
もう歯噛《はがみ》をしても間に合わない。
そのときどこからか、本物の三吉少年が現れた。
「オイ岩。もう駄目だぞ」
「なにを、この小僧《こぞう》奴《め》」
「お前は室町の地下で、どんな大悪事を企《たくら》んでいるのだ。それをいえ。いわないと苦しがらせるぞ」
「誰がいうものか。死んでもいわねえ。しかし日本国中の人間どもが泣《な》き面《つら》をすることは確かだ。もうとめてもとまらぬぞ。ざまアみやがれ」
何事か大変なことが起りかけているのだ。三吉少年はハッと胸を衝《つ》かれた。岩がこんなになってもいわなければそれまでだ。
「よオし」
と叫ぶと、三吉少年は井戸の蓋をあけて、その中へいきなり身を躍らせた。
井戸を下りる三吉
怪盗「岩」は、少年探偵三吉のためにうまく一杯喰わされ、逆《さか》さに梁《はり》に釣り下げられている癖《くせ》に、「いまに日本国中の人間どもが泣面《なきつら》をかくぞ、ざまア見やがれ」と大きなことをいっているのは、怪盗とはいえ、なんと面憎《つらにく》いことではないか。しかし日本国中の人間どもが、泣面をかくことなどという恐しいことが、本当に起りかけているのだろうか。一体それは、どんなことなのだろう?
勇敢にも少年探偵は、井戸の中へ飛びこんだ。飛びこんでみると、果してそこには、一条の縄梯子が懸っていた。
「やッ、こんなものを使って、岩のやつ、登って来たんだナ」
三吉はスルスルと、深い井戸の底の方へと下っていった。およそ四五メートルも下ったときのことだった。突然に彼の頬を、一陣の生温《なまあたたか》い風が、スーッと撫《な》でた。
「おやッ」
袋の鼠か?
(なんだろう?)
三吉は懐中電灯をパッと照らしてみた。するとそこには真四角な窓みたいなものが、壁のところにポカリと開いていた。生温い風が、その窓からスーッと吹いてきた。
(どこから風が上ってくるのだろう。この窓の下には、なにがあるのだろう?)しかしグズグズしている場合ではない!
「よオし、突進だッ」
三吉は自分で自分を励《はげ》ますように叫んで、その窓の中へ入っていった。内部には誰が拵《こしら》えたのか階段があった。少年は、薄明るい懐中電灯の光を頼りに、ゴム毬《まり》のようにトントンと階段を下っていった。
階段は間もなく尽《つ》きた。そしてそこには、重い鉄の扉が行手を遮《さえぎ》っていた。
そのとき突然、頭上からピカリと強い光が閃《ひらめ》いた。
「おッ」
と三吉は身を縮めると共に、上を見上げた。ああ、どうしたというんだろう。さっき三吉の潜りこんだ窓が、真四角にポッカリ明るくなっている。そしてその窓口から、しきりに三吉の方を窺《うかが》っている一つの恐しい顔! それは紛れもなく「岩」ではないか。しきりに懐中電灯をふっているところを見ると、まだ三吉を見つけていないらしい。道は一本筋の、しかも行き止りの袋路《ふくろじ》だ。見つけられたが最後、三吉の生命はないものと思わねばならぬ。
一番下の階段に、少年の身体が僅かに隠れる程の、隙間があった。三吉は、まるで兎が穴へ潜っているような恰好で、その蔭にうつ伏《ぶ》していた。
ギギーッ。三吉の耳許で、突然、金属の擦《す》れ合う音がした。はッと驚いて、頭をあげてみると、いままで岸壁のように揺《ゆ》らぎもしなかった鉄扉《てっぴ》が、すこしずつ手前の方へ開《あ》いてくるのだった。
九死に一生!
扉は重いと見えて、ほんの少しずつ拡がっていった。
「お、親分?」
と三吉の頭の上で、太い声がした。
(もう駄目だッ)
と三吉は思った。敵も敵、岩の子分である。上からは岩が恐しい眼を剥《む》き、下からは逞《たくま》しい子分が腕を鳴らしているのである。三吉の進退は、まったく谷《きわ》まってしまったのであった。
だがしかし、さすがは少年探偵として、師の帆村荘六から折紙《おりがみ》をつけられている三吉のことだった。九死のうちにも、僅かな隙を見出す機転と胆力《たんりょく》とがあった。
「おお、気をつけろ。その辺に小僧が逃げこんでやしないかッ」
と上から岩がどなった。
「えッ」
と下にいる子分は、階段の下をジロジロと眼をくばった。しかし三吉の姿はどこにも見えなかった。階段の蔭にも、扉のうしろにも……。
「いませんぜ、親分」
「そんなことはないんだが……」と岩も不思議そうにまわりを見たが、やっぱりいない。「ハテナ。たしかにこっちへ来たはずなんだが」
「親分、もう時間がありませんぜ」
「そうか。いよいよ、もう始る時刻だったな。それじゃ小僧にかまってなどいられない。さア地底機関車に全速力を懸けて飛ばすんだ」
ああ、地底機関車。地底機関車は、その扉の向うにあるんだ。
三吉はどこへ消えたのであろうか。
解けぬロープ
三吉は、危い瀬戸際《せとぎわ》で、子分の足許を鼠のように潜《くぐ》りぬけると、扉の向うへ入ってしまったのだった。まさか自分の足許を潜るものがあろうとは、子分先生も思わなかった。
三吉は見た! そこで彼は見たのである。噂には聞いたが、始めて見る地底機関車だった。
芋虫《いもむし》を小山ぐらいの大きさにした奇妙な姿の地底機関車だった。全体はピカピカと、銀色に輝いていた。車体の前半分は、鯨でも胴切《どうぎ》りに出来そうな大きい鋭い刃が、ウネウネと波の形に植えつけられてあった。これがブーンと廻転を始めると、土は勿論《もちろん》、硬い岩石でも、鉄壁《てっぺき》でも、コンクリートでも、まるで障子《しょうじ》に穴をあけるのと同じように、スカスカ抉《えぐ》られてしまうのだった。なんという不気味《ぶきみ》な、いやらしい恰好の地底機関車だろう!
車体の後半分は、普通の汽車の運転台と大した変りはなかった。
「よいしょッ!」
と子分は飛びのって、運転手の席についた。岩も続いて乗りこんだ。
「親分、なんです。その足のところに捲《ま》きつけている長いものは……」
「これか」岩はチェッと舌打《したうち》をした。「小僧に捲きつけられた鋼《はがね》のロープだが、上の鉤《かぎ》のところはやっと外《はず》して来たが、あとは足首から切り離そうとしても、固くてなかなか切れやしない」
「そんな長いものを引張《ひっぱ》っていらっしゃるなんて、ご苦労さまです
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