ね」
「な、なにをッ」岩は子分をピシャリとぶんなぐった。「無駄をいわねえで全速力でやれッ」
 子分は見る見る面をゴム毬《まり》のように膨《ふく》らませたと思うと、起動桿《きどうかん》をグッとひいた。地底機関車は、獣のような呻《うな》り声をあげて、徐《しず》かに動き出した。――三吉はヒラリと、車の背後に飛びついた。


   全速力の地底機関車


 泥土《どろつち》や岩石は、渦を巻いて飛び散り、物凄い響に耳はきこえなくなるかと思われた。
 岩は機関車の出入口に近く、向うを向いて膝小僧を抱《かか》えていた。彼は、
「見ろよ見ろ、見ろ」
 と、呪《のろい》の声を発しつづけていた。
 三吉はじりじりと匍《は》いながら、前進した。彼は岩の足首を縛っているロープの端《はし》っこをつかんだ。
(見ろよ見ろ、見ろ!)
 彼は、岩の独言《ひとりごと》を真似して、口中でいった。
 ロープの端っこは、素早く機関車の鉄格子《てつごうし》に結びつけられた。
「もっと速力を出さねえか、コノ愚図野郎め」
 岩は運転をしている子分の腰のところを蹴った。
「あッ痛テ。なにを親分……」
「き、貴様、おれに反抗する気かッ」
 と立ち上ろうとした岩は、その瞬間、ロープが足に結びついていることを忘れていたので、立ち上るが早いか、ロープに足を搦《から》まれ、あッという間に身体の中心を失った。
「うわーッ」
 と叫び声を残すと、岩の身体は、もんどりうって、車外へ飛び出した。
「ざまア見ろッ」
 と子分があざ笑う、その鼻先へニューッとピストルの銃口が……。
「あッ――て、てめえは……」
「小僧探偵の三吉だ。神妙《しんみょう》に、向うを向いてそのまま地底機関車を走らせるんだ。そしてあの現場へ急がせろッ」
 あの現場とは、三吉の当てずっぽだった。そういえば、うまいところへ連れてゆくだろう。外では「岩」が全速力の機関車にひきずられて、眼も口も泥まみれになって、虫の息だった。地底機関車は、マンマと三吉少年に占領されてしまった!


   地底の大鳴動


「間に合うか?」
 とピストルの銃口を向うにして三吉は声をかけた。
「さア、もうあと三十秒です」
「もっと速力を出すんだッ」
 轟々《ごうごう》たる音響をあげて、真暗な地中を地底機関車は急行した。
 もう二十秒、十秒、五秒……。
「地底機関車は壊れてもいい。もっと速力を出せッ」
「もう一ぱい出ています」
「そこを、もっと出せ!」
「ううッ。あッもう駄目だッ」
 ピカピカピカッと白い閃光《せんこう》が、雷《いなずま》のように目を射た。ガラガラガラッという天地が崩れるような大鳴動と共に、地底機関車はゴム毬のように跳《は》ね返《かえ》された。キッキッキッ。ドン、ガラガラガラ。すさまじい鳴動は続いた。すわ、なにごとが起ったのだろう?
     *
 その翌朝、東京中は大騒《おおさわぎ》でした。日本橋のあの十階建の東京百貨店が一夜のうちに見えなくなったのです。
 なにしろ、一夜明けると、城廓《じょうかく》のような大建築物が地上から完全に姿を消してしまったのだから、驚くのも無理はない。
 黒山のようにたかった人々は目を何遍《なんべん》もこすって胆《きも》をつぶした。
 百貨店ビルディング紛失事件!


   消えたビルディング


 そうこうしているうちに、百貨店の消えたその敷地の一点がムクムクと動き出した。
「オヤッ。何か出たぞオ」
 といっている群衆の目の前に、大砲弾の鼻さきのようなものが持ち上って来た。それは見る見る大きくなって、小山のような芋虫の化物みたいなものが現れた。
「うわッ、怪物だア……」
 それッというので、人々は我勝《われが》ちに逃げ出した。しかしやがて、怖《こわ》いもの見たさで、またソロソロと群衆は引きかえして来た。見ると、変な形をしたものの蓋が開いて、そこから可愛らしい少年の顔が覗《のぞ》いているではないか。
 そこへ矢のように駈けつけて来た一台の自動車。中から現れた一人のキリリとした紳士は、少年を見つけると、ツカツカと近づいた。
「三吉、大手柄だったね」
 これは三吉の地底機関車が東京百貨店跡から地上に顔を出したのであった。
「ああ、帆村先生!」
 それは、いままで外国にいたとばかり思っていた三吉の師、帆村荘六だった。
「岩はどうした」
「……」
 少年は黙って短いロープの端《はし》っこを見せた。そこは滅茶滅茶《めちゃめちゃ》に引き裂かれていた。あの地底の大地震に、ロープが切断され「岩」は、とうとう地中に埋められ、地中魔変じて地中鬼と化したのであった。それは悪をたくらむ者の、行きつく道だった。


   吹上げられた地中突撃隊


「先生、これは一体どうしたというのでしょう」
 三吉は不審の顔を、師の方へ向けた。
「これかね」帆村はニッコリ笑った。「これは岩が、室町の日本銀行をそっくり地下へ陥没させて、金貨を奪おうとしたのが、つい間違って東京百貨店を地下へ陥没させちまったのだよ。彼奴は、地底機関車を使って、百貨店の下へ予《あらかじ》め大きな穴を掘っておいて、時計仕掛けの爆弾で、これを陥没させたんだよ」
 そういっているところへ、どこから出て来たか、大辻珍探偵が、大江山捜査課長はじめ地中突撃隊の一同と共にかけつけて来た。全身はビショビショだった。
「いやア、ひどい目に逢った。大地震があってネ、地中から吹き上げられたところが、日本橋の下のあの臭い溝泥《どぶどろ》の川の中サ」
 大辻老は、目の前に、百貨店が埋《うずま》り、その反動で自分たちが吹き上げられて助かったなどとは気がつかず、大地震とばかり思っているところは、どこまでも大辻式だった。
 とにかく、日本銀行は助かったが、陥没した東京百貨店をこれから掘りだすには、大変なことであろう。それはまたいずれ、地底機関車の御厄介にならねばならないだろう。



底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「講談雑誌」
   1937(昭和12)年1月号〜10月号
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2002年12月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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