につけ「これは合わないぞ。これは真鍋博士の足跡だが、博士は岩ではない」
「ぷッ」三吉はふきだした。「博士は岩じゃないよ」
「ところがそうとも安心していられないよ。さて第二の足跡。これは小さい足跡だ。これでは合うはずがない。これも大丈夫」
「それは誰の足跡だい」
「これはお前の足跡じゃ」
「僕の足跡? まあ呆《あき》れた大辻さんだね」
「もう一つ、これが第三の足跡。おやおや、これは大きすぎて合わない。これも岩ではなさそうだ」
「その足跡は誰の?」
「これはわし[#「わし」に傍点]の足跡さ」
「なんだって」
「つまりわし[#「わし」に傍点]は、岩じゃないということさ。どうだ、ちゃんと理窟に合っているじゃろう」
「なーんだ。あたり前じゃないか」ワッハッハと、二人は腹を抱《かか》えて笑い出した。


   エンプレス号の怪火


「もう見えそうなものだが」
 大江山捜査課長は、矢のように走っている自動車の上から、横浜港と思われる方向を、望遠鏡で探していた。
「課長」と叫んだのは、ギッシリ詰めこまれた武装警官の一人だった。「あすこに、変な煙が立ち昇っています。火事じゃないでしょうか」
「なに煙? おお、あれか」
 見ると、やはり海の方角に、煙突の煙にしては、すこし量が多すぎる真黒な煙がムクムクともちあがっている。
「はてな、おい、通信員。横浜警察をラジオで呼び出して、尋《たず》ねてみろ」
 ジイ、ジイ、ジイ。
 横浜の警察はすぐに呼び出された。
「おお、こっちは警視庁の特別警察隊。お尋ねしますが、海の方角に、煙が立っていますが、あれは何です」
「さあ、まだ報告が来ていませんが――」といって横浜の方では答えたが「ああ、ちょっと待って下さい。今報告が入りました。あッ大変です。たいへんたいへん」
「たいへんとは?」
「港内に碇泊《ていはく》している例のエンプレス号が突然火を出したのです。原因不明ですが、火の手はますます熾《さか》んです。この上は、あの百万|弗《ドル》の金貨をおろさにゃなりますまい」
 ああ、エンプレス号の怪火。果してそれは過失か、それとも……。


   一度危機は去る


「さあ急げ、全速力だ!」
 大江山課長は、車上に突立《つった》って叫んだ。自動車は、驀進《ばくしん》する――
「もっと速力を出せ。出せといったら出さんかッ」
 課長は満面を朱《しゅ》に染めて呶鳴
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