こそ連山《れんざん》を削り、岩石を天空にとばす。しかもその人工竜巻には予《あらかじ》め計算によって行方《ゆくえ》が定められてある。その行方は月世界《げっせかい》である。地球から四千六百八十|粁《キロ》距《へだた》ったところに、地球と月との重心《じゅうしん》があるが、この重心を稍《やや》通りすぎるに足るくらいのエネルギーを人工竜巻に与えることにより、あとは自然にアルプス崩《くず》れの岩石が月世界に到達《とうたつ》する。かくして地球がいくらかいびつになること、人工竜巻の生ずるモーメント、それと月世界の質量の増加することとが、相重《あいかさな》り合って、遂《つい》に地軸がかくも廻ったのであった。
「ひどいですねえ、金博士」と、やっと博士をつかまえたネルスキーは、くどくどとシベリアの焦熱地獄化《しょうねつじごくか》のことを陳《の》べて泣きついたが、博士は彼の言葉が耳に入らぬげであった。博士は、いま始めている地軸変動の実験にすっかり興味を吸い込まれている態《てい》であったが、それでもやがて一言《ひとこと》だけ、ネルスキーに向って云ったことである。
「シベリアから雪と氷とが追放されたことは、誰もが認めているじゃないか。それで約束の取引は立派に済《す》んでいる。あとの言い分は贅沢《ぜいたく》というもんだ。吾儘者《わがままもの》めが!」
そういったきり、もはや博士は缶詰のように口をつぐんでしまったことである。
底本:「海野十三全集 第10巻 宇宙戦隊」三一書房
1991(平成3)年5月31日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1942(昭和17)年1月
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年10月25日作成
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