ネルスキーは、宰相になりすまして、太い口髭をひっぱった。
「ああ宰相閣下。それはとんでもない御思い違いであります。私は石炭を無駄使いして居りませぬ。いや本当です。只今ペチカには一塊《いっかい》の石炭も燃えては居りませぬ。嘘だとお思いなら、こちらへ来て御覧下さるように……」
「なにを、うまいことを云って、わしをごま化そうとしても、なかなかごま化されないぞ。たとい宰相閣下を――いや、わしは宰相閣下だが、ごま化されるものか。ペチカに一塊の石炭も入っていないで、こんなにぽかぽかするものかい。わしの額からは、ぽたぽたと汗の玉が垂《た》れてくるわ」
「ああ宰相閣下。そうお思いになるのは無理ではありません。今日は外気の気温の方が室内よりも高いのでありますぞ。窓をお開きになってみて下さい。途方もないいい陽気です」
「外はいい陽気?」
ネルスキーは、このとき初めて、或ることに気がついた。夙《と》くに気がつくべかりしことを、今になってやっと気がついたのであった。彼は思わず指の腹をこすって、ぱちんという音をたて、
「あっ、そうか。いや、早いものじゃ。燻製の効果が、こうも早く出てくるとは思わなかった。い
前へ
次へ
全22ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング