いたのか。書類というはよく途中で紛失するものだ。そういう重大なることは、口答《こうとう》でするように」
「申訳ありません。では失礼を」
 クレメンスキーが、こそこそと去ると、ネルスキーはにたりと笑って、額の汗をふいた。
「燻製十箱で、シベリアが常夏《とこなつ》の国になれば、電信柱も愕《おどろ》いて花を咲かせるだろう。とにかくこれが実現されれば、やすい取引のレコードを作るというものじゃ――しかし金博士は、交換条件のあれを何日頃《いつごろ》から始めてくれるのだろうか」
 と、ネルスキーは、金博士が一日も早く、シベリアの雪と氷とを追っ払ってくれることを祈るのだった。彼はまた額の汗をふいた。
「いやだなあ。今年は石炭が高いから節約して使えといっておいたのに、今日は又やけに燃《も》やし居るぞ。察するところ、ペチカ委員め、気でも変になったと見える。一つ、呶鳴《どな》りつけてやろう」
 ネルスキーは、電話機をもって、ペチカ委員を呼び出した。
「おおペチカ委員部か。おいおい気でも変になったか、この石炭の高いというのに、こんなに燃して、一体国家経済をどうするつもりだ。わしかい。わしはネル、いや宰相じゃ」
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