ていったことである。
「それは有難う。では九万ルーブル、いただきましょう、ネルスキー」
「えっ、君は手を出したね。じゃあ、金博士はまだ生きていたんだね。ウラー、九万ルーブルはやすい。その倍を支払うよ。さあ、銀行まで来たまえ。どうせ君は、金を受取らなきゃ、喋《しゃべ》りゃすまいから……」
 十八万ルーブルは、相当かさばって、ポケットに入りにくいものだと感じながら、わたくしはぼつぼつネルスキー特使閣下の質問に答えていた。
「……ねえ、金博士は、上海の邸《やしき》で、時限爆弾にやられて死んだという噂なんだよ。いや、噂だけではない、わしも実地検証《じっちけんしょう》をしたが、博士が爆発のとき居たという場所は、すっかり土が抉《えぐ》られてしまって大穴となっている。かりそめにも、博士の肉一片《にくいっぺん》すら、そこに残っているとは思えないのじゃよ」
「あほらしい。金博士ともあろうものが、死んだりするものですか」
「いくら金博士でも、身は木石《ぼくせき》ならずではないか」
「それはそうです。木石ならずですが、たとい爆弾をなげつけられようとも、決して死ぬものですか。おしえましょうか。あのとき博士は、“これは時限爆弾だな、そしてもうすぐ爆発の時刻が来るな”と感じたその刹那《せつな》、博士は釦《ボタン》を押した。すると博士は椅子ごと、奈落《ならく》の底へガラガラと落ちていった。しかも博士の身体が通り抜けた後には、どんでんがえしで何十枚という鉄扉《てっぴ》が穴をふさいだため、かの時限爆弾が炸裂《さくれつ》したときには、博士は何十枚という鉄扉の蔭にあって安全この上なしであったというのです」
「なーるほど、ふんふんふん」
「しかし博士の部屋は、跡形《あとかた》なくなってしまったので、博士はもうそこにはいられず、或るところへ移った」
「それはどこかね。早く話してくれ」
「なにもかも教えましょう。香港にある博士の別荘ですよ、そこは」
「香港の別荘に金博士は健在か! あーら嬉しや、これでもう大願成就《たいがんじょうじゅ》だ」
 という次第で、この特使閣下を、わたくしが案内して、博士のところへ連れていってやったのである。この特使閣下は、自国宰相《じこくさいしょう》の面影《おもかげ》に生きうつしで、影武者に最適なりとの評判高き御仁《ごじん》で、そのままの御面相でうろつかれては、宰相と間違えられていつ
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