空壕《ぼうくうごう》という防空壕は水浸《みずびた》しになり、水かさはどんどん殖《ふ》えていく。この新クレムリン宮《きゅう》も、あと三時間以内には水中に没するぞ。宰相閣下に、そう取次いでください」
たいへんな騒ぎが、それからそれへと発展していった。宰相は、新クレムリン宮を後《あと》にするに際して、委員の一人をしてネルスキーに叱責《しっせき》の言葉を伝達せしめられた。
“余《よ》は汝《なんじ》の行き過ぎを遺憾《いかん》に思うものである。シベリアを熱帯にせよとは、申しつけなかったつもりである。早々《そうそう》香港《ホンコン》に赴《おもむ》きて、金博士に談判《だんぱん》し、シベリアを常春《とこはる》の国まで引きかえさせるべし。その代償《だいしょう》として、あと燻製の五十箱や六十箱は支出して苦しからず”
宰相の言葉をうけて、ネルスキーは不思議に銃殺の刑から免《まぬ》かれたことを悦《よろこ》びつつ、直ちに香港に赴《おもむ》いた。
金博士は、最早《もはや》香港にはいなかった。
博士はどこへいったのであろうか。助手に訊《き》くと、博士はアルプス山中に行かれたとのことであった。そこで、この助手君《じょしゅくん》を拝《おが》み倒《たお》して、アルプス山中へ飛行機で案内して貰った。
博士は、白い天幕《テント》を張って、悠々と作業をつづけていた。
百トン戦車かと思うような巨大な鋼鉄《こうてつ》の怪車輌《かいしゃりょう》が数百台、博士の握るハンドル一つによって、電波操縦でギリギリと前進する。その怪車輌が崖《がけ》にぶつかると、爆音をあげて崖はたちまち消え失《う》せる。その代り一本の茶褐色《ちゃかっしょく》の煙がすーっと立ちのぼり、轟々《ごうごう》たる音をたてて天空《てんくう》はるかに舞いあがっていく。その有様は、竜巻《たつまき》の如くであった。
これは人工竜巻とも名付くべきものである。博士は、この人工竜巻を何のために起しているか。それをいう前に、この人工竜巻がどんなものであるかということを説明する方が、順序であろう。
人工竜巻は、アルプス山を削《けず》りとった岩石が天空高く舞い上っていく姿である。山を削るには、かの怪車輌がある。この怪車輌は、能率三千パーセントと称せられた原子変換《げんしへんかん》エネルギーを利用した起重動力発生機《きじゅうどうりょくはっせいき》であって、さて
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