。しばらくどうぞ」
「ぎゃーッ」主人に遮《さえぎ》られて、辻永は獣《けもの》のような声をあげた。これがあの沈着な辻永とはどうして思えよう。彼はクルリとふりむくと、今度は表戸《おもてど》を蹴破《けやぶ》るようにしてサッと外へ飛び出した。私には何もかも判った。実に辻永は例の妖酒《ようしゅ》を自分が飲んでしまったのだ。
「オイ待て、辻永」私も続いて戸外にとび出した。もう十二時に間もない街はヒッソリと静かだった。辻永の姿はと見ると、向うの軒灯《けんとう》の下に転《ころ》がるように駈けている黒い影がそうであろうと思われた。私は彼の名を呼びながら追い駈けたがとても追いつけなかった。
彼の話にある川っぷちを方々探したが見えない。桜ン坊も見当らない。探し疲れて橋の欄干《らんかん》に身を凭《もた》せかけた。もう時間はかなり経っているのにと心配していると、そこへ一台の自動車が風のように現われて、サッと通りすぎた。
「呀《あ》ッ! 辻永ッ」
私は車内に、たしかに辻永の姿を認めた。彼の傍《かたわら》には確かにあの桜ン坊というガールがピッタリと倚《よ》りそっていた。私は路の真中まで駈け出したが、もう間に合わ
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