なかった。どうやら私は違った側の川っぷちを探していたものらしい。
 そこへ向うからパタパタと一人の女が近づいてきた。私の方へ向ってくるようだ。私はギョッとした。例のガールででもあって、そして矢張《やは》り私があの妖酒を飲まされていたのであったら、ああ其《そ》の恐るべき先は……。
「山野さん。あの人見付かって」
 それはミチ子だった。私はすこし安心した。
「駄目だった」
「あの人、黄疸《おうだん》だったようネ」
「黄疸! 黄疸というと、なんでも彼《か》でも黄色に見える病気だネ」
「そうよ」
「それで判った。僕のグラスの無色の酒を黄色のコンコドスと見誤《みあやま》り、自分の黄色のコンコドスを、もっと黄色い別の酒と見誤《みあやま》ったのだ。だからコンコドスは最初から註文したとおり辻永の前にあったのだ。彼は話をうまく持っていって、僕にコンコドスを飲ませるつもりだったのに違いない」
「コンコドスの事をまだ云ってるの。――辻永さんはどこへ行ったのでしょう。大丈夫かしら」
「うん――」私は返事に詰まった。このままにして置けば箱詰めになる辻永だった。
「とにかく帰って一杯飲もうよ――」と、私はミチ子の手をとった。いま地獄街道を蝙蝠《こうもり》のような恰好でヒラリヒラリと飛んでゆく彼の姿を肴《さかな》に一杯飲みながら、さて助けてやろうかやるまいかと考えるのも悪い気持ではなかろうと謂《い》うものだ。



底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「モダン日本」
   1933(昭和8)年9月号
入力:tatsuki
校正:土屋隆
2004年5月31日作成
青空文庫作成ファイル:
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