てカナリヤの小さい扉《ドア》を押したものだ。
ふりかえってみると、桜《さくら》ン坊《ぼう》のような例の女は、白い腕をしなやかに辻永の腰に廻して艶然《えんぜん》と笑っていた。そして二人の姿は吸いこまれるように格子《こうし》の中に消えてしまった。
4
バー・カナリヤで一時間半も待ったろうか。随分永いこと待たされたものだが、私にとってはそう退屈《たいくつ》ではなかった。それはミチ子を傍《そば》にひきよせて飽《あ》くことを知らぬ楽しい物語をくりひろげていたせいであった。出来るなら辻永が永遠にこのバー・カナリヤに現われないことを冀《こいねが》った。辻永が探偵に夢中になっている間にこの女を誘《さそ》い出してどこかへ隠れてやろうかという謀叛気《むほんぎ》も出た。それほど私は、辻永のキビキビした探偵ぶりにどういうものか気が滅入《めい》ってくるのであった。
そこへ辻永がシェパァードのように勢《いきお》いよく飛びこんで来た。
「大勝利。大勝利」
彼は躍《おど》り出したいのを強《し》いて怺《こら》えているらしく見えた。
「おいミチ子。今夜は奢《おご》ってやるぞ。さア祝杯だ。山野《やまの》には何かうまいカクテルを作ってやれ。僕は珍酒《ちんしゅ》コンコドスを一つ盛り合わせてコンコドス・カクテルとゆくかな」
「コンコドス? およしなさい。アレ飲むとよくないことよ。それに辻永さん、今夜は顔色がたいへん悪いわよ。どうかして?」
なるほど辻永の顔色のわるいことは前から気がついていた。変に黄色っぽいのである。
「ナーニ、今日は疲れたのと、喜びと一緒に来たせいなんだよ。――早くもって来い」
「じゃ辻永さんはコンコドス。山野さんはクィーン・ノブ・ナイルがよかない」ミチ子が向うへ行ってしまうと、辻永は待ちかねたように、懐中《かいちゅう》から手帖を出した。それには小さい文字で、いくつもの項目《こうもく》わけにして書き並べてあった。
「君。ちょっとこのところを読んで見給え」辻永は鉛筆のお尻で、そこに書き並べられた標題《ひょうだい》を指した。
そこには次のようなことが書いてあった。
――○ガールの家(夜中に客が居なくなってしまったという不思議な事件が三度あったという)
「これは?」と私は訊《たず》ねた。
「さっきの女のうちに、箱詰《はこづめ》になった青年が三人とも泊ったことが判った
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