た。だが燐寸が見つからない。
 後ろにいた帆村が立って、燐寸の箱を検事に手渡した。
「私は他にも持っていますから、その燐寸は検事さんに差上げます」
「あ、それはありがとう。……どうだね帆村君。今の人物の印象は……」
「ははは、あの人はどうかしていますね」帆村は軽く笑って「几帳面なのか放縦なのか、はっきりしませんね。そして欲がないようでもあり、またしみったれのようでもある。精神分裂症の初期なんじゃありませんか」
「まさかね」と検事は首をひねった。「しかし戸籍に被害者の庶子のイト子というのがあったとは意外だね。私がそれについて警視庁側から報告を受けたのによると、庶子のイト子なんてなかったんだからね」
「ああそれについては私が弁明します」と大寺警部が口を挾んだ。「高橋刑事をやって調べさせたんですが、とにかく現在の在籍者は、被害者とあの亀之介の両名だけだったそうです。もちろん庶子のイト子なんて見当らんです。しかし高橋の調べて来たのは本籍のある蒲田区役所のもので、あれは戦災で原簿が焼けて新しく申告したものに拠っているんです。ですから厳密にいえば、ちょっと疑問の余地があるわけです。とにかくこの件に
前へ 次へ
全157ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング