、さっき帆村と裁判医の間に取交わした会話を念頭に浮べたので、そういった。帆村は多分その鼠を、裁判医のところに持込むつもりだろうと察したからである。帆村は、承知した旨を応えた。
「鼠一匹――が、いやに泰山を鳴動させるじゃありませんか。検事さんも帆村君も、それについて一体何を感づいているんですか」
 警部は一世一代の洒落を放って、この場の気持のわるさの源をさぐった。
「とにかく大寺君。君が気がつかなかった鼠の死骸を、帆村探偵は後から来てちゃんと見つけているんだ。帆村君は、その外、まだ何か重大なものを見つけているのかも知れない。大寺君、構うことはないから、帆村君に訊いてみたまえ。なあに遠慮なくやるがいいさ、帆村君は、検察委員の一人なんだから、われわれに協力することを惜しみはしないよ」
 長谷戸が喋っている間に、警部の顔は真剣になって赭くなり、他方帆村の大きな唇は微苦笑を浮べてひん曲った。
「帆村さん。検事からのお指図です。わしの見落しているものを教えて頂きましょうか」
「はあ。それでは警部さん。どうぞこちらへ……」
 帆村は急にくそ真面目な顔に戻り、警部を彼方へ誘って、部屋の中をゆっくり歩き
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