のを手にたらして、両手を丁寧に洗った。
彼がタオルを使い出したとき、帆村がつと近づいて、相手だけに聞えるような声で、
「先生。おみ足のそばに鼠が死んでいます」
と注意した。
老医師はびっくりして飛びのいた。そして大きく目をひらいて洗面器の下を見た。壁と床との境目が腐れて穴が明いていた。その穴から一匹の大きなどぶ鼠がこっちへ細長い顔をつきだしたまま動かなくなっていた。
「愕かせやがる。大きな鼠だ。なにもわざわざこんなところで殉死しないでもよかろうに……」
古堀は、そういって帆村を見て軽く会釈した。
「御同感です、先生。……いずれ先生には[#「いずれ先生には」に傍点]、もう一度お目にかからせますでございます[#「もう一度お目にかからせますでございます」に傍点]」
帆村は頗る妙な挨拶をした。冗談かと思われたが、彼は滑稽なほど取澄ましていた。
「えっ、何だって。はははは……。うむ、十時半か。これなら野球試合に間に合うぞ」
古堀老人は、急にえびす顔になって、洗面器のある場所から離れた。
弾痕なし
裁判医が退場すると、現場は急にしいんと静かになった。そして真中の安楽椅子に腰
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