腰を叩いた。
「もういいですか、古堀さん」
 と長谷戸検事が声をかけた。検事は煙草ものまないで待っていた。
「とんでもない。急いで物をいう裁判医をお望みなら、これからはわしを呼ばないことだね」と古堀はいって仕事をつづけた。しかしその言葉が持つ意味ほど彼は不機嫌ではなかった。
「この死体を床の上へ移して裸にしてみたいんだが、差支えはないかね。ほう、差支えがなければ、君がた四五人、ちょっとここへ……」
 古堀医師は、巡査や刑事の手で死体を安楽椅子から絨毯の上に移させた。それから彼の手で、死体の服を剥いた。そして全身に亙って精密なる観察を遂げた。
 彼が腰を伸ばして、検事の方へ手を振ったので、彼の検屍が一先ず終ったことが分った。
「検事さん。この先生の死んだのは大体昨夜の十一時から十二時の間だね。死因は目下不明だ。終り」
 たったそれだけのことをいい終ると、古堀医師は、部屋の一隅のカーテンの蔭にある大理石の洗面器の方へ歩きだした。
「ちょっと古堀さん」
 と検事はあわてて裁判医を呼び停めた。
「死因は後頭部に於ける銃創じゃないんですか」
 誰も皆、検事と同じ質問を浴びせかけたいところであろう
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