示唆するところに拠るんだからね」
「ははあ、そうでしたか」と帆村は軽く二三度肯いた。
「しかしそれなれば、まだお調べになるべきものが残ってやしませんか」
「もう残っていないよ。これですっかり――」
 といいかけて検事は俄に言葉を停めた。
「ああそうか、君は灰皿に入っている内容物についていっているんだね。僕だってそれを考えなかったわけではない。しかしこれを調べることはないと分ったから除外したんだ。ねえ帆村君」
 このとき帆村が何かいおうとしたのを、検事はおっかぶせるように言葉をついだ。
「実は灰皿の中に煙草の吸殻が入っていることを僕が忘れていると思っているんだろう。なるほど、現にこうして灰皿を眺めると、吸殻が見えない。それは吸殻の上に、何か紙片を焼き捨てたらしい黒い灰が吸殻の上一面を蔽って、吸殻を見えなくしているからだ」と、検事は灰皿を指した。「ね、そこだよ、君。吸殻に中毒性のものが入っていたとすれば、その吸殻は灰皿の外に落ちていなければならないと考えるのが常識だ。しかし被害者が頑張り屋で、きちんとすることが好きな人間だったら、中毒症状を起しながらも懸命の努力を揮って吸殻を灰皿へ抛げこむ
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