知らないと、頑張りつづけて居ります」
「いえ[#「いえ」はママ]。ピストルなんか知らないとね。なるほど、そうかね。……で、君がその婦人を容疑者とした理由は?」
検事は、警部の顔を興深げに見る。
「はい。それはいくつもの理由がございますが、まず第一に、その婦人は今朝この邸に居たこと。第二に、その婦人の名刺の入っているハンドバグが、被害者のかけている椅子の中にあったこと。これを詳しく申しますると、現に被害者の屍体は、その尻の下にそのハンドバグを敷いて居ります。始め私は椅子の背中越しに中を覗きこんだところ、それを発見したのでありました。第三には、その婦人は昨夜の現場不在証明をすることが出来ないでいるのであります。なお、これからの捜査によってその他の有力なる証拠が集ってくるだろうと思われます」
大寺警部は、いくぶん得意にひびく自分の語調に気がついたか、顔を赧らめた。
「犯人は、この家の外部の者だという確信があるらしいが、それは何か根拠のあることかね」
検事はちょっと皮肉を交ぜていった。
「犯人がこの家の外部の者だと、そこまでは私はいい切っていませんのですが、何分にもハンドバグが屍体の尻の下にあり、そのハンドバグの持主が今朝もこの邸に居わせましたんで、その婦人――土居三津子を有力なる容疑者に選ばないわけには行かなくなりました」
「なるほど。そうすると、土居三津子がどういう手段で旗田を殺害したかという証拠も欲しいわけだが、それは見つかったかね」
「それは、さっきも申しましたが、土居三津子はピストルを持って居りませんので、そのところがまだ十分な証拠固めが出来上っていません」
「ぜひ、そのピストルを早く探しあてたいものだね」といって検事はちょっと言葉を切ってから、誰にいうともなく「犯人は、たしかにわれわれに挑戦をしている。不都合な奴だ。だが、およそ犯罪をするには必然的に動機がある。その動機までを隠すことは出来ないのだ。今に犯人は歎くことであろう」と呟くようにいった。
「その外に何か差当りのご用は……」
と、大寺警部が、遠慮がちに訊いた。と、長谷戸検事は、われに返ったように大きな呼吸をして、警部の方へ振向いた。
「大寺君。この家には、被害者の外にも同居人が居たんだろう」
検事の質問には、言外の意味が籠っているようであった。
それに対して警部は、同じ屋根の下に寝泊しているのは、家政婦の小林トメという中年の婦人と、被害者の弟の旗田亀之介の二人だけで、その外には毎日通勤して来て昼間だけ居合わす者として、お手伝い[#「お手伝い」は底本では「お伝い」]のお末(本名本郷末子)と雑役の芝山宇平があると答えた。お末は二十二歳。宇平は五十歳であった。
「或いはそういう連中のうちに、ピストルを隠している者がいるんじゃないかねえ。それを調べておくんだよ、まだ調べてなければ……」
「はあ、調べます」
大寺警部は、まだそれを調べてなかったのである。
「で、その家政婦と弟の両人は、昨夜居たのか居ないのか、それはどうかね」
「家政婦の小林トメは、夕方以後どこへも外出しないで今朝までこの屋根の下に居りました。それから被害者の弟の亀之介ですが、当人は帰宅したといっています。その時刻は、多分午前二時頃だと思うと述べていますが、当時泥酔していて、家に辿りつくと、そのまま二階の寝室に入って今朝までぐっすり睡込んでしまったようです。当人はさっきちょっと起きて来ましたが、まだふらふらしていまして、もうすこし寝かせてくれといって、今も二階の寝室で睡っているはずです。もちろん逃げられません、監視を部屋の外につけてありますから」
それを聞くと検事は軽く肯いた。それから彼は遺骸の前の小卓子の上を指して、
「その卓子の上に並んでいる飲食物や器物は誰が搬んで来たのかね。それは分っている?」
「はい分って居ります。洋酒の壜《びん》以外は、家政婦の小林トメが持って来たものに相違ないといって居ります。それは午後九時、家政婦が地階の部屋へ引取る前に、用意をして銀の盆にのせて持って来たんだそうです」
検事は引続き軽く肯きながら、小卓子の上を見まもった。盛合わせ皿には、燻製の鮭、パン片に塗りつけたキャビア、鮒の串焼、黄いろい生雲丹、ラドッシュ。それから別にコップにセロリがさしてある。それからもう一つちょっと調和を破っているようなものが目についた。それは開いた缶詰だった。半ポンド缶であったが、レッテルも貼ってない裸の缶であった。何が中に入っていたのか、中は綺麗になっていたから窺う由もない。
その外に小型のナイフとフォークにコップの類。開かれたるシガレット・ケースとその中の煙草。それから別にきざみ煙草の入った巾着とパイプ。灰皿に燐寸。燭台が一つ。但し蝋燭はない。あとは四本の洋酒の壜に、炭酸水の入
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