……それからあなたは、外からその硝子窓を開いた。あなたはその方法を研究して知っていた。他愛なく開く仕掛になっていたんだ。……それからあなたは、窓につかまったまま、ピストルを撃った。弾丸は見事に鶴彌氏の後頭部に命中した。近いとはいえ、なかなか見事な射撃の腕前です。思う部位に命中させているんです[#「いるんです」は底本では「いるです」]からねえ、殊に窓につかまったまま撃ってこれなんだから大した腕前だ。……あなたは大日本射撃クラブで前後十一回に亙って優勝して居られますね。どうです、今の話には間違いないでしょう」
「既に死んでいる者を射撃した。これは死体損壊罪になる可能性はあっても、決して殺人罪ではないですね。ご苦労さまです」
「あなたは兄さんを消音装置のあるピストルで射撃したことを認められたのですね」
「認めてあげてもいいですよ、僕が撃つ前に兄が死んでいたことが立証される限りはね。兄に天誅を加えたときには、もう兄は地獄へ行ってしまった後だった」
「兄さんは天誅に値する方ですか」
「故人の罪悪をここで一々復習して死屍に鞭打つことは差控えましょう。とにかく彼の行状はよくなかった」
「あなたは、硝子窓を外から押して合わせた。きっちりとは入らなかった。どこかに閊《つか》えているらしかった。そのままにしてあなたはクラブへ引返した。そうでしょう」
「そうでしょうねえ」
 亀之介は、こんどは肯定すると、勢よく煙草をつまみ上げて口へ持っていった。

   空き缶詰

 亀之介を退室させた後、帆村は「どうでしたか」と感想を検事たちに需《もと》めた。
「さっぱり瓦斯中毒に関する訊問は出なかったじゃないか」
 長谷戸検事は不満の意を示した。
「そうでもないのですがねえ。例えば、こういう事実が分ったと思います。すなわち鶴彌氏の死ぬ前には、この窓はちゃんと閉っていたのです。それから十二時頃、亀之介の二度日の帰邸のとき窓は開放されたこと、そしてその後で閉じられたが完全閉鎖ではなかったこと――これだけは今亀之介が認めていったのです」
「それはそうだが……」
「毒瓦斯が放出されたとき、この部屋は密閉状態にあったことを証明したかったのです。密閉状態にあったが故に、毒瓦斯は室内の者を殺すに十分な働きをしたわけです。鶴彌氏が死んだばかりではなく、洗面場の下にいた鼠までが死んだのですからねえ」
 帆村はようやく亀之介訊問の意図をはっきりさせた。
 外に感想はと、帆村が重ねて聞くと、大寺警部は笑いながらいった。
「君はひどいね。亀之介をうまくひっかけたじゃないか。芝山は押入の中に入っていたが、入って来た人物の顔を見なかったというのに君がさっき亀之介にいった話は、芝山が亀之介を見たように聞えたよ。もっとも君は、芝山が見たとはいわなかったが、亀之介はあれで見られたと思って恐れ入ったのだろう」
「いや、あれは苦しまぎれの手段です。見のがして下さい」
 と帆村は頭を掻いた。帆村の要請で、次にこの部屋へ呼び出されたのは家政婦の小林トメであった。
「小林さん。この前もあなたによく見て調べてもらったんですが、もう一度調べてもらいたいのです。ここに写真がありますがね……」
 と帆村は、死者の前にあった小卓子の上に並んでいる皿や酒壜や灰皿などの写真を小林の手へ渡し「このテーブルの上に二十七点ばかりの品物がのっていますがね、この中からあなたがあの晩この部屋へ持ちこんだ物はどれとどれですか、選って下さい」
 この質問をうけて、家政婦の顔はゆるんだ。彼女は、また芝山との関係について突込んだことを訊かれるのだろうと恐れていたらしかった。
「はい。わたくしのお持ちしたものは、この皿と、この皿と……」
 と、家政婦は十四点をあげた。帆村は一々それに万年筆でしるしをつけた。
「それではね、こんどは残りの品物の中から、いつもこの部屋にあって、あなたに見覚えのある品を選ってみて下さい」
「はい。……しかしあとは全部そうなんですけれど……おや、この缶詰は存じません」
「まあ一々指していって下さい」
「はい」
 家政婦は、彼女が写真の中の品物を指している間に、傍にいる帆村がけしからず荒々しい呼吸をしているのに気がついて、いやらしいことだと思った。――写真の中には、さっき彼女がいったとおり、一ポンド入りの空き缶が一つ残った。
「この缶詰に見おぼえがないというんですね。間違いありませんね」
「旦那さまが御自分で缶詰をお買いになって、御自分でこっそりおあけになるということは、今まで一度もございませんでした。ふしぎでございますわねえ」
「いや、ありがとう。あなたにお伺いすることはそれだけでした」
 家政婦は、いそいそとこの部屋から送り出されて行った。
 検事も警部も、帆村が手に持っている写真のところへ集って来た。
「うむ
前へ 次へ
全40ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング