、そして皆ついて来いと、こういうんだね」検事はいった。「それもいいだろう。私は君にしばらく捜査を委せてもいいと思う。外に誰か異議があるだろうか。異議があればいいたまえ」
 誰も異議を唱える者はなかった。そこで帆村は独自の捜査を進行することとなった。
「まず旗田亀之介氏を訊問したいのです。ここへ連れて来て頂きたい」
 何のための故人の弟の訊問か。
 やがて亀之介は入って来た。今日は服装も前日に比べてきちんとしている。昨夜の酒量も呑み過ぎたという程ではない顔色だった。
「もう真犯人はきまりましたか。誰でした。え、まだですって、まだ分らないんですか。なるほどこれは大事件だ。連日これだけの有数な係官を擁しても解けないとは。……検事さん、兄は心臓麻痺で死んだという話だが――ええ、早耳でね、僕のところへも聞えて来ましたよ――するてえと兄は病気で急死したんじゃないんですか。しかしそれではあなた方の引込みがつかないから、これは……」
「そこへお懸けなさい。今日は帆村君が代ってお訊ねします」
 検事は亀之介の騒々しい毒舌を暫く辛抱して聞いた上で、空いた椅子を指した。亀之介は、それをいつものように窓の方へ少し引張って腰を下ろした。
「あなた、失礼。その棚の上にある灰皿を一つこっちへ。やあ恐縮」
 警官の手から灰皿を受取ると、亀之介はそれを窓の枠の上に置き、ケースから紙巻煙草をとりだして火をつけた。
「旗田さんに伺いますが、窓の外から兄さんを撃ったピストルを、家政婦の小林さんの部屋の花瓶の中に入れたのは、どういうおつもりだったんですか」
「ええッ、何ですって……」
 おどろいたのは亀之介だけではなかった。長谷戸検事も大寺警部もその他の係官も、帆村のいい出したことが意外だったので、おどろいた。そんなことは瓦斯中毒説についての訊問ではなく、中毒説以前の捜査への復帰ではないか。尤も亀之介のおどろきは、係官のそれとは違っていた。
「僕が撃ったなんて、誰がいいました。とんでもないことをいう……」
「いや、私は今、あなたが兄さんを撃ったとはいわなかったつもりですが、あなたはそういう風におとりになった。それはともかく、何者かが旗田鶴彌氏射撃に使ったピストルを、あなたは家政婦の部屋に隠した。なぜです」
「そんなことは嘘だ」
「あのとき押入の中に、小林さんの愛人の芝山宇平氏が隠れて居たんですよ。あなたがピストルを空の花瓶に入れたとき、こつんと音がしたことまで芝山氏は証言しています」
 亀之介は、思わず舌打ちせした。そしてそのあとで、まずい舌打をしたと気がついて、帆村の顔をちらりと盗み見した。
「外出先から帰宅せられたあなたは、家政婦を呼び出して、コップへ水を一ぱい持って来るように命じ、家政婦が勝手の方へ行った留守の間に、あなたはピストルを持って家政婦の居間へ入り、それをしたのです。そうでしょう」
「知らんですなあ、そのことは……」
「じゃあ別の方面から伺いましょう。あなたはあの夜、三度この邸へ帰って来て居られる」
 帆村が意外なことをいい出したので、係官の顔がさっと緊張する。当人の亀之介も、びくんとした。
「第一回は午後十時三十分から十一時の間、第二回は午後十二時から零時三十分の間、そして第三回は、家政婦を起して家へ入れてもらった午前二時。この三回ですが、そうでしょう」
「とんでもない出鱈目だ」
 亀之介はすぐ否定したが、語勢は乱れを帯びていた。
「東京クラブの雇人たちが証言しているところによれば、あなたは右の時刻前後に亙る三回、クラブから出て居られる。第一回と第二回のときは、帽子も何も預けたまま出て居られる。第一回は窓からクラブの庭へとび下りた。第二回のときはクラブの調理場をぬけて裏口から出た。第三回目は玄関から堂々と出られた。このときは帽子も何も全部、預り処から受取って出た。そうでしょう」
「知らないね、そんなことは」
 亀之介は否定したが、語勢は一層おちた。
「第一回のときは、この邸の庭園に入り、その窓の外から室内を窺った……」
 亀之介はぎくりとして、窓枠にかけていた手を引込めた。
「あなたは室内に於て、兄の鶴彌氏と土居三津子の両人が向きあっているところを見た。そこであなたは、時機が悪いと思って、庭園を出てクラブへ引返した」
「君は見ていたのかい。見ていたようにいうからね」
 亀之介は、やや元気を盛り返した。
「第二回目は、あなたがその窓から室内を窺うと、もはや三津子氏の姿はなく、兄の鶴彌氏ひとりになっていた。その鶴彌氏は、そこにある皮椅子に腰かけ、左手を小卓子の方へ出して、ぐっすり睡っているように見えた。実はこのとき鶴彌氏はもはや絶命の後だったんだが……」
 帆村は、亀之介の言葉を待つかのように、そこで語をちょっと切った。だが亀之介は何もいわなかった。

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