なかった。警部は、その鳥籠が平凡な物品であるところから今まで全然問題にしていなかったわけであるが、突然帆村がその前に彼を連れていって意味あり気に指したので、警部ははっと愕いたわけであった。愕いた途端に、警部はその鳥籠について、今までは看過していた或る異常な事実に気がつき、そこで更に余計な驚愕と狼狽とをつけ加えたわけであった。(……失敗《しま》った。帆村が問題にしている洗面器の下の鼠の死骸と、この鳥籠の一件とは深い関連性があったのか。それに気がつかなかったとは……)
警部は汗びっしょりになった。そのときである、帆村が鳥籠の中を指しながら、竹法螺を吹くような調子で、太い声を響かせたのは。
「面白いですなあ、この鳥籠は……。鳥籠の中は空っぽです。籠の入口の金具もしっかり締まっています。この鳥籠の中に小鳥が飼ってあって、それが生きて止り木に停ってわれわれを見下ろしていた場合、それからその小鳥が腹を上にして死んでいた場合、もう一つこの場合のように、鳥籠はありながら、鳥が居ない場合。――この場合に二つあって、事件以前から鳥が居なかった場合と、事件後にこの籠の入口をあけて中の小鳥を外に出した場合――と、これだけの場合があるわけですね……。とにかくごらんのとおり籠の中には小鳥が居ない。そして空っぽの鳥籠だけがここに置いてある。なんという意地のわるいことでしょうねえ。いや、果してこれは偶然の神がこの意地わるをしたのか、それとも犯人がこの意地わるを試みたのか。警部さん、御感想はいかがです」
帆村の長広舌を聞いている間に、警部の汗はすうっと引込んでしまうし、顔色も元に戻ってしまった。そして警部はここで、用意しておいた次の言葉で帆村に酬いた。
「そう君のように、何でもかんでも目につくものについて、起り得るあらゆる場合を検討していったんじゃあ、事件の犯人を捕えるまでに何年かかるか分りゃしない。いや、本当にそんなゆっくりしたことをすると、犯人はみんな笑いながら逃げてしまって、一人として捕りやしませんぜ。その結果われわれは、年中たいへんな悪口の前に曝し者になっていなければならない。おお、やり切れない」
警部の言葉を、帆村はいちいち肯きながら終りまで傾聴していた。
「いや警部さん。あなたがたが常に大車輪になって活動することを要求せられている現状を、まことにお気の毒に思います。予算をうんと殖や
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