してもらわねば、これじゃたまりませんよ」
「どうもこれは……」
 と、警部は、妙なところから吹きだした風に微笑した。
「結局、すべての事件は完全に且つ速やかに解決せられなければ、民衆の迷惑は大きいわけですからね」
「それはそうだ」
 警部は帆村の唱える予算増加案に礼をいおうと思っているうちに、話がまた変な見当へ向きをかえたので、こんな相手とこれ以上|交際《つきあ》っているのがいやになった。
「おい帆村君。外にもう君独特の発見はないのかい」
 見るに見かねたように、長谷戸検事が声をかけた。すると帆村は、検事の方へ身体を向け直して、片手をあげた。
「もうよしましょう。こっちから一々取上げてゆくと、お邪魔ばかりをするようですから。……ああ、もう一つだけ、おせっかいに取上げさせて頂きますかな。それは屍体が頭をもたせかけていた小卓子の上に並んでいるものの中に缶詰がありますね。これはちょっと面白いと思うのですがね」
 帆村がそういうと、とたんに警部は小卓子の前へ突進した。
「これは確かに面白い。私も最初から目をつけていた」
 と、警部は空缶を指した。帆村は微笑した。
「で、警部さんは、どこに興味を感ぜられましたか」
「もちろん、それに残っている指紋のことだよ、鑑識を頼んでおいたから、今に分る」
「それも興味のあることでしょう」
 帆村はちょっと肯いて
「しかし私が面白いと感じたのは別のことです」
「別のことというと……」
 警部の顔面が硬くなった。
「それはですね、その空缶の中はきれいだという点です。なぜきれいであるか。すっかり中身を喰べて洗い清めたものであるか。それとも中に何もつかないようなものが缶の中に入っていたのであるか。それならば、それは一体どんなものだったろうか。中身を喰べたのち洗い清めたものなら、なぜそうすることの必要があったのだろうか……」
「また君の十八番を辛抱して聞いていなきゃならないのかね」
 警部は煙草を出して、燐寸をすって火をつけた。その燐寸の燃えかすは、うっかり小卓子の灰皿の中へ投ぜられかけた。が、途中で彼は気がついて、元の燐寸箱の中へ収いこんだ。
「ははは。やっぱり私は当分しずかにしていることにしましょう」
 帆村はそういって、後方の壁際へ下った。
 そのとき表がざわついた。屍体を解剖のためにこの邸から搬び出す車が到着したのであった。

   家政婦
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