、さっき帆村と裁判医の間に取交わした会話を念頭に浮べたので、そういった。帆村は多分その鼠を、裁判医のところに持込むつもりだろうと察したからである。帆村は、承知した旨を応えた。
「鼠一匹――が、いやに泰山を鳴動させるじゃありませんか。検事さんも帆村君も、それについて一体何を感づいているんですか」
 警部は一世一代の洒落を放って、この場の気持のわるさの源をさぐった。
「とにかく大寺君。君が気がつかなかった鼠の死骸を、帆村探偵は後から来てちゃんと見つけているんだ。帆村君は、その外、まだ何か重大なものを見つけているのかも知れない。大寺君、構うことはないから、帆村君に訊いてみたまえ。なあに遠慮なくやるがいいさ、帆村君は、検察委員の一人なんだから、われわれに協力することを惜しみはしないよ」
 長谷戸が喋っている間に、警部の顔は真剣になって赭くなり、他方帆村の大きな唇は微苦笑を浮べてひん曲った。
「帆村さん。検事からのお指図です。わしの見落しているものを教えて頂きましょうか」
「はあ。それでは警部さん。どうぞこちらへ……」
 帆村は急にくそ真面目な顔に戻り、警部を彼方へ誘って、部屋の中をゆっくり歩きだした。

   青い鳥籠

 帆村は右手を肩の高さにあげて歩いている。帆村のすぐ後に、ぴったり寄り添ったように同じ歩速で歩いている大寺警部の前へつきだした顔が、見えない紐につながれて、帆村の右手で引張って行かれるようであった。
 二人は、昨夜来開かれている窓の下を通り過ぎ、その隣の窓のところまで行ったが、そこで帆村はぴたりと足を停めた。
「ここに鳥籠がございますね。私はちょっと面白いと思います。いかがですか」
 帆村の指が指したところに、籠をうすい青に塗った吊下げ式の鳥籠があった。絨毯の上にどっしりした台を置き、そこから上に向って人の背丈よりもやや高く架台があって、その架台の先が提灯をかけるように曲って横に出ているが、その鈎《かぎ》に鳥籠が下げられているのだった。
「ああ、鳥籠……」
 と、大寺警部は思わず早口にいって、後の言葉を呑みこんだ。彼の身体の中が、俄にかっと熱くなった。それは、帆村に注意されて始めてこの鳥籠に気がつき、そして狼狽したというわけではなかった。ここに鳥籠があるのは、この部屋に入ったときにすぐ気がついていた。だから、警部がかあっと身の内を熱くしたのは、そのことでは
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